産業医の日。
2カ月前は、年末年始の繁忙期に備えての体調管理の話をしたけれど、もうすっかり春。
今回店長がお休みとなり、急遽担当してくれるのは初対面の水産部門のAさん。
少し早く着いたので、Aさんに取り次いでもらいます。
事務所に顔を出したAさん、『すみません、今ブリ捌いているのでもう少し待っててもらえませんか?』
『もちろんです。ブリ優先で』
その間に、健康診断結果のチェックをします。
未治療で数値が悪いと、精密検査を勧めます。
至急受診という項目もあるのですが、これは従事する職務をする上で、緊急に可か不可を決めないといけない数値が出たときです。
BMIが高く肥満傾向の人が多いのが気になります。
BMIは一つの目安で、体組成がもっと重要です。
痩せていても、筋肉が少ないのは将来フレイルに繋がります。
ブリの捌きが終わり、Aさんと職場巡視をします。
Aさんは半年前に他県のチェーン店から転勤、愛知県のことはまだよく知らないとのこと。
でもきっと将来のホープさんなんだろうな。
いつもは店長と巡視するので、今回は院長がリードします。
台車の置き方やごみの処理など整理整頓はいつもできています。
総菜売り場は、夕食に向けての揚げ物作りの始まり。
Aさん担当の水産バックヤードは、ブリが最後なのか、もうきれいに片付けられていました。
技能実習生も、どんどん日本語がうまくなっていて羨ましい。
若い(20歳前後)、その土地に住む、仕事で必要となる、これは語学上達するはず!
オバサン院長、上述の3つとも該当せず、これでは亀のような進歩です(でも中国語あきらめていない)。
売り場も巡視。
途中、落ちていたごみをさっと拾うAさん。
オバサン(院長)見ていますよ~
魚コーナーへ。
『これ、さっき捌いたブリです』
塩焼き・煮つけにも、とあったので、塩焼きは食べたことがない院長が訪ねると、さっと塩を振って焼くだけで美味しいとのこと。
『どれがお勧めですか?』
『白いほうが、脂が乗っていてお勧めです』
『帰りに買いますね』
『イサキのお刺身はどんな感じでしょう?』
『白身魚でTHE 刺身っていう感じです。もっちりしていて旨いですよ。アジは好みがありますが、イサキは万人受けします』
ついでにアジのお刺身も買おうと持っていたけれど、イサキに変更。
Aさん、売り場店頭で『私が今捌きました!』なんてやったら、もっと売れるのでは!?(院長は営業担当ではないけれど)
仕事終了後、いつもは何か一つ職場のスーパーで買って帰る院長ですが、今日はここでたくさん買いたくなってしまいました。
カートを押して、野菜コーナーから。
冷凍品や重いものは無し。
先程のブリの切り身も、イサキのお刺身もカゴに。
お買い物袋は結構一杯になり、家まで大移動だったことに気が付きあらら…
パンも行きつけ(というのか)、お気に入りのパン屋さんに寄ります。
若い夫婦が二人で切り盛りしている小さなお店です。
今日はかなり売り切れていて、春色のクリームパン(自分で勝手にそう名付けている)も無し。
バゲットを買います。
支払いがすむと、奥さんが『ありがとうございました』
その後すぐ、奥から旦那さんの『ありがとうございました~』
この言葉の連動が心地よく響きます。
産業医出務は、いつも半分お楽しみアリ。
毎回プチトリップ(の気分)、新しいことや面白いことを発見。
人生の春は過ぎたけれど、まだまだときめきたい春です。
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今年はスギ花粉が非常に多く飛散しています。
スギ花粉症持ちの院長にとっては、久しぶりの当たり年です。
自身は、目の症状はなく鼻に出るタイプ。
くしゃみ鼻水鼻詰まりがここ数日で一気に悪化し苦しい思いをしています。
(院長が鼻声なのはそのせいです)
院長がここまで悪化したのは…
初期療法を今年は開始しなかったこと。
初めて花粉症症状が生じて以来、気を付けていたのは、たとえスギ花粉症が生じたとしても最小限・生活に支障がない程度にしようとするための治療。
スギ花粉が本格飛散する少し前から、抗アレルギー点眼薬や内服を開始すると、アレルギー反応が抑えられます。
もちろん、花粉の曝露を控えることや、花粉を室内に侵入させないことも大事です。
名古屋ウイメンズマラソンはいつも3月初めの日曜日。
10数年前にマラソンに打ち込んでいた院長は、花粉症対策(内服・マスクも付けて)しての練習・本番。
自己ベスト(4時間19分)を最後に勝手に勇退?した院長ですが、花粉症のためには良かったのかも⁈
例年2月初旬から内服の院長ですが、今年の2月は夏の地域・しかもスギどころか植物もない地域を旅していたので油断していました。
結局帰国してから辛い思いをしています。(ちなみにスギ花粉症は日本特有で、英語圏では牧草(hay)が主です)
目に来る人、鼻に来る人、どちらにも来る人とも初期療法は有効ですが、今年は時すでに遅し。
症状が出たら、速やかに受診しましょう。
毎年、ほぼ変わらず1年に1~2度来院の患者さんと再会するのもこの時期。
子供の患者さんの成長ぶりを見るのは嬉しいですが、結構アレルギー性結膜炎症状がひどくなってから。
しかし、前回の点眼薬が効いているなら(効いたから1回だけ受診)、もしくは変えた点眼薬が効いているなら、所見が大きく変わらない場合同じ点眼薬を処方します。
帰宅時の人口涙液での眼洗浄や、生活指導も併せて。
一昨年、アレルギー性結膜炎に点眼薬ではなく、軟膏(塗り薬)が発売されました。
先日勉強会があり、再度機序使用方法について確認。
1日1回まぶたに塗るとかゆみが軽減する。
大体決まった時間に1日1回塗ります。
まぶたを通して、結膜(まぶたの裏側)に浸透していき、かゆみを抑えます。
1日1回で簡便である、目薬が上手くさせない人にはいいと思います。
小児にも可能です(が、12歳未満の小児等を対象とした臨床試験は未実施)。
また、目のかぶれや目の腫れには効果がありません。
その場合は、別の軟膏を処方します。
軟膏=まぶたの炎症に効くというイメージが先行する中、新発想の薬です。
アレルギー性結膜炎への効能はほぼ同じですが、化学構造や作用機序・点す回数・刺激などで異なります。
そこに患者さんの特性も加わってきます。
所見の程度・かゆみの感じ方・性格・年齢など。
新しい薬はどんどん発売されますが、新しければ良いというものではない。
目の前の患者さんに合った薬、というのが大事。
新しい薬は処方する価値はありますが、現状が安定していれば、変えずにというのが院長のスタンスです。
また、時にはステロイド点眼薬の追加が必要なこともあります。
これも眼圧上昇など副作用の有無を確認し、対処できる眼科医だからこその処方になります。
鼻づまりとガラガラ声で筋トレに行ったら、『花粉症の時は無理しないでお休みしてください』
しばらくおこもり生活。
おうちでドラマ三昧⁈WBC観戦⁈楽しみます。
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ランニング(マラソン)をしていた頃。
まっすぐ走っていたら突然小さな子がぶつかってきました。
前を見て走っていたので、当然子供2人と小型犬を連れた女性が歩いているのは見えていました。
が、突然ドン!
『ひあ~!』と声を上げたのは私。
『大丈夫ですか?』と尋ねるものの、子供たちは何もなかったように駆けていきました。
女性と犬もそのまま散歩を継続。
『大丈夫ですか?』と聞かれなかった私は『痛っ!』と立ち止まり。
それからは走れません。
整形外科を受診すると右足首の捻挫。
走っているときに子供や犬の存在は確認していたけれど、まさか飛び出して来るとは想定外。
オバサンランナーが走ってくるの、見えてなかった?
よく子供の飛び出しによる交通事故のニュースを聞きます。
注意力が大人より未熟なこともあると思いますが、視野も成人に比べ狭いのは事実です。
正常成人では、左右150度上下120度。
子供(6歳)では左右90度上下70度。
視野が狭いため、気づくのに遅れる可能性があります。
また興味や関心のあることに集中してそちらを安全より優先してしまう(いわゆる視野が狭い)ことも要因。
ぶつかってきた子供も、きっと目の前の興味のあることが優先で、遠くから走ってくるオバサンランナーに気づかなかったに違いありません。
リールに繋がれながら走っていた犬も。
子供に怪我がなくてよかったけれど、自分は怪我してしまった(2か月ランニング中止)。
以後小さな子供がいたら前方要注意警報。
そして小型犬は苦手になってしまいました。
親はもちろん一般の成人も子供の視野の特性を知っておくことは有用です。
眼科医である院長は、ふだん病気による視野障害の有無や進行を確認しています。
視力も大事ですし、視野も大事です。
視力も視野も急激に変化しなければ、患者さんは自覚しません。
運転免許の視力よりずっと下回っているのに、自覚がないまま運転している人もいます。
眼鏡で矯正できるなら正しい眼鏡処方をしてもらい(直接眼鏡店ではなく眼科がベスト)ましょう。
また、眼科を受診すれば、他の病気があるのかもわかります。
視野検査では正常でも、眼球運動が衰え、加齢とともに運転時の視野も狭くなりがちです。
運転免許においては、視力が重視されますが、眼科医の立場からは視野も大事です。
視野障害は、目の動かし方でもカバーできることもあるので眼科医にご相談ください。
昨年知人からもらったプレゼント。
上質な紙の3年連用日記。
10年日記を2クール続けた後、日記を書くのを止めた院長。
楽しいことも書いたけれど、辛いことや怒りもたくさん書いていた自分に嫌になり、過去との訣別。
日記は付けない、過去は振り返らない。
でも久しぶりに素敵な日記帳をもらい、心機一転『プラスのことを書く日記』と位置づけ、書き始めることにしました。
良い事ばかりあるわけではない毎日。
でも、一つぐらいは些細でも良いことは見つかる。
その日の良いことを考えるのは幸せホルモン(オキシトシン)が分泌されるし、良いことを探す・思い出すのは加齢により物理的にも精神的にも視野の狭い人にならないようにと自戒を込めて。
嫌なことや腹が立つこともありますが、書くなら捨て紙。
まだまだメモ程度の日記ですが、まず1年書いてみようと思います。
物事をしっかり見よう、視野を広く。
目だけでなく心もそうありたいです(まだまだ…)。
読んだ本の舞台へ…今風に言えば聖地巡礼。
新聞で太宰治の作品『津軽』に関する記事を見た時、以前『津軽』を読んだことを思い出しました。
弘前・青森・ねぶた祭・ストーブ列車・特急しらかみの旅・酸ヶ湯温泉など過去何回かスポット的に訪問している青森県。
『津軽』を読みながらJR津軽線で北上、北端の竜飛岬までが今回の弾丸旅。
2022の災害で蟹田以降は運休のまま。
乗り合いタクシーで北上します。
はるか向こうに北海道が見える竜飛岬は、歌の通り北の外れです。
津軽の三厩(みんまや)地区の描写は、文学碑にもあります。
風が強く竜飛岬・階段国道・文学碑以外は読書の時間。
さて、帰りに少し時間があったので、『津軽』にも地名が出てきた大鰐温泉へ。
弘前からほど近い温泉町です。
津軽藩の湯治場として栄えた街です。
真っ先に向かった先は、湯魂石薬師堂(ゆだまいしやくしどう)。
結構有名だと思っていたのに、誰もいませんでした。
津軽藩主津軽為信が、難治の眼病を患った。
ある晩、夢の中に薬師如来が現れ『大庭の茶臼山公園下から湧き出る温泉で目を洗えば治る』とのお告げがあり、そのお告げに従って葦原を探させた。
大石の下から熱湯が湧いているのを発見し、その温泉で目を洗ったら、難治の眼病が治ったとのこと。
為信は大変喜んで、そこに薬師堂を立てたとのこと。
ワニの口から熱い湯が出ており、触ると『熱い!』
体温よりかなり高い温水による滅菌効果があったのでしょうか?
難治の眼病と言っても、温泉水で改善するくらいなら、前眼部眼病変だったのか??
ともあれ、眼病に対するご利益はあるようです(お守りはない)。
温泉水を出すワニはずっと見てても飽きません。
足湯(ぬるめ)に浸かりながら口から温泉を出すワニを見ていると『ワニの涙症候群』が浮かんできた院長。
目の前のワニは口から温泉、昔勉強したのはワニの目から涙。
『ワニの涙症候群』とは、顔面神経麻痺から回復した患者さんが食事中に涙を流す、顔面神経麻痺合併症のひとつです。
発症から6~9か月後に出現し、頻度は3.3%。
ワニは食事中に泣くという14世紀の古い物語や、ワニが獲物を食べるとき偽善的な涙を流すという伝承から由来するとか。
顔面神経障害後の再生神経線維が、回復過程で、顎下腺から涙腺へと間違って誘導された結果、咀嚼や味覚刺激の際に、唾液分泌の代わりに涙液分泌が起こると考えられています。
患者さんに遭遇したことはないけれど、記憶の片隅に勉強したことが残っていました。
もう一度呼び起こして勉強できたのも、医学生時代の下書きがあるから。
さて、足湯だけでなくご利益のあるお風呂に入らねば。
駅前に大浴場や売店完備のコミュニティセンターがあるものの、やはり此処は公衆浴場に入りたい。
地元民の御用達、老女たちの中に入っていきます。
『やっぱり温泉は良いね~』
大鰐もやしも名物。
温泉水で生育する売り切れ必至のもやし。
大鰐もやし公認のもやしラーメンを食べます。
1本1本が『1本でも、もやしです!』と主張するくらいのシャキシャキです。
津軽を旅しながら『津軽』を読み切り、前回とは違う読後感。
新しい本を読むのも楽しいけれど、再読もまた楽しいと思うこの頃。
思いがけず見つけた眼に効く温泉。
最後は、青森名物『味噌カレー牛乳ラーメン』で〆。
スポットで出かけるのは非効率と思われがち。
でもスポットだからハードル低く、飛び出せ日常!が出来ています。
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→目の霊山
→鎌倉好き
産業医(スーパー)の仕事の日。
あまりに暑くて熱中症の恐れもあり、タクシーを拾った今夏。
この一度の例外を除き、いつものように今回も駅から徒歩15分を歩きます。
事務所に入ると、従業員Aさんが声をかけてきます。
『センセ~飲み物はお茶にして、先生に教えてもらったスクワットやってるけど2キロ減っただけでそれ以上痩せないんです~』
今回は健診結果を見ます。
全体的にやや肥満・肥満・かなり肥満が70%ほど。
当然、高血圧・高脂血症・糖尿病・高尿酸血症(痛風)の恐れあり、もしくは既に罹っている人多数。
精密受診の勧告をしたり、就労制限の有無を判定したり…
安全保健委員会で運動や食事の話をしたり…
Aさんは早速実行してくれ、訪問の際に会うと声をかけてきます。
『まず食事はどうですか?』
『朝は5枚切りパン1枚と野菜とフルーツ』
『6枚切りにして卵を2個加えましょう』
話を聞いていくと…
量は多くないようですが、たんぱく質が少なく炭水化物が多い。
『私、お地蔵様みたいなんです。みんながお菓子をお供えみたいにくれるから、もらってしまう』
しかも気の良い人なので、勧められると食べてしまうよう。
『もらうのはいいけれど、それを1個だけ食べてあとは娘さんたちに配りましょう』
通勤距離は1.5キロ。
もちろん車です。
『その時間をトレーニングと思って歩いてみたら?早歩きすれば20分で来れますよ。雨の日は車でいいので』
『そんなに早く!?私、犬の散歩くらいのスピードで歩きます』
『早歩きのほうがダイエット効果高いですよ』
とまたまたアドバイスをし、次回訪問までに頑張って!とエール。
産業医の仕事かどうか不明ですが、頼られることは嬉しいこと。
会社全体の労働災害ニュースも毎月目を通す院長。
今回『ニヤリホット』事例を募集いうスーパー全店の取り組み。
現場のちょっとした工夫でひやりとする前に防げた経験・労災防止の成功事例を募集中!
『ニヤリホット』…初耳院長。
『ニヤリホット』とは、元々介護医療の場で、『ニヤリ』と笑顔がこぼれる瞬間や『ホット』心が温まるエピソードのこと。
当院は『ヒヤリハット』に毎日気を付けていますが、見渡せば『ニヤリホット』も毎日あり。
むしろ『ニヤリホット』があるから毎日診療のモチベーションアップに繋がっています。
当院では毎日朝礼をしているので、『ヒヤリハット』も『ニヤリホット』(と気付かなかったけど)も共有しています。
『先日中学生の職場見学があったんです』と店長。
歓声が上がったもののひとつ…と見せてくれたのがオートパッカー。
肉や魚を自動でラップで包む器械です。
プラスチック皿を置くと自動できれいにラップをして出てきます。
形状に合わせて何でも包んでくれます…が、長皿は難しいようでこれは手巻きになります。
魚売り場で自動と手動巻きの見分け方を教えてもらいました。
自動は長方形皿の短いほうに向けて折りたたんであり、手動は長いほうに向けて折りたたみ。
サンマとかは手動が多い。
包む作業もコツがいるそうで、取得する手間を考えると圧倒的に機械優位。
機械にはできない規格は手動で。
スーパーで商品を裏返すのは良くないですが、自動巻きか手動巻きか近くのスーパーでも確認したくなる院長でした。
まだまだスーパーの裏側は知らない事だらけ。
院長にとっては新鮮な情報。
巡視しながら社会見学も兼ねています。
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縁あって県立宮古病院へ視察に行ってきました。
宮古市は全国に2市ありますが、宮古島ではなく岩手県三陸沖の宮古です。
今回は、僻地医療と東日本大震災の被害状況について。
岩手県へは何度か行ったことがありますが、三陸は初めて。
いわて花巻空港から盛岡までバスで45分約36キロ、そこから特急バスで1時間40分75キロ。
待ち時間もあるのでもう少し余分にかかります。
宮古駅からはタクシーです(バスの本数が少ない)。
かなり距離があり、また山のほうへ上っていくので『震災で建て直したのですか?』と尋ねると、『もう30年以上前からここです。だから病院は津波には全然問題なかったですね』
院長室で院長先生と初対面。
電話越しの柔らかな対応通りの先生です。
早速宮古病院の現状と課題を聞きます。
岩手県の2次医療圏は5つありそのうち三陸沿岸の中核は宮古病院です。
宮古市は神奈川県(よりやや大きい)に匹敵する面積2670㎢で人口は76,400人強。
(ちなみに名古屋市緑区の面積は37.91㎢人口は248,000人強)
2次医療圏とは、入院治療を含む一般的な医療ができる圏域です。
しかし医師不足は否めず、医師偏在指標も下位にあります。
高齢化率は41.9%、人口は減少。
そのため救急搬送も増加しており、ほとんど受け入れの体制です。
初期臨床研修医も少なく、短期間でも地域医療を学びに来る他病院からの研修医のマンパワーも有難いとのこと。
事実、宮古病院で勤務する若い医師の多くは、地域枠合格(ある年数僻地で働く代わりに授業料免除などがある)とのこと。
自身が研修医の頃は医局制度が存在し、大きな影響力があったことは否めません。
しかし大学医局が、多くの地方の病院を傘下に持ち、地域医療が回っていたともいえます。
赴任先は医局の意向のみでしたが、幸い自身は何処も思い入れがある赴任先となりました(働けば都・住めば都)。
新臨床制度になり、学生が好きに研修先や勤務先を選べるようになったことは、僻地医療の崩壊を意味します。
宮古病院にも医局からの医師派遣が難しくなっています。
副院長先生は東日本大震災以前から勤務とのことで、当時の話を伺いました。
宮古病院は高台にあるため(平成4低地の駅近くから移転)、直接津波被害はなかったそうです。
しかし沿岸沿いの津波による被害は大きく、亡くなった患者さんを確認する仕事、透析装置の維持・救急患者の受け入れなど、自分の家族の安否を確認する暇もなかったそうです。
病院職員が避難所を回って家族の安否を確かめてくれたとのこと。
診療所のある田老(たろう)地区では特に甚大な被害を受け、今は災害資料伝承館があります。
映像でしか知らない世界のまさにその時、宮古の人はここにいた!
たくさん勉強した後は、お勧めのお寿司屋さんへ。
地元の新鮮なネタはもちろん、芸術的なお寿司に感激。
東京での出店を打診されたことも何度かあると聞けばなるほど。
『宮古で育ったからね、ここで最後まで恩返ししたいのさ。宮古に来てうちだけじゃなく地元でお金落としてくれる方がいいの。宮古にお客さん来てくれる方が嬉しいのさ』
カウンターでお寿司を握りながら地元の話を聞きます。
何故か貸し切り状態。
『熊が出るからみんな出なくなっちゃたのさ』
そういえばその日も拡声器で、○○で熊出没と流れていました。
住めば都(宮古)。
住むには難しいですが、宮古再訪はやりたいことリストに入れます。
今度は山田線(盛岡・宮古間、今回は一部区間運休)で!
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今年も小学校の就学時健診シリーズ開幕。
当たり前ですが、子供たちと院長との年の差は広がるばかり。
実際、同年齢での患者さんが6歳の孫(新患)を連れてくることも。。
小学校は違っても担当校で流れはほぼ同じ。
視力測定の後、眼科健診があります。
視力A(1.0指標)より下のB~Dの場合は、程度に応じて視力の再測定を勧めます。
健診は眼位・前眼部の異常の有無を診ます。
ある児童の外斜視(目が外向き)を指摘したのですが、母親は今まで気づいていませんでした。
一緒に生活していても元々そうだと思い気づかないこともあります。
その意味で、健診の意義はあります。
視力再検査のお勧めをした後、親子の会話はほぼ同じ。
『ほんとに見えなかったの?』と詰問する保護者。
『…』答えようのない児童。
事実に対して子供に詰問したとしても何の解決にもならないし、むしろ子供も責められているだけで、返答に困るのでは…
子育てを終えたからこそ、その会話に痛々しさを感じます。
親は、自分の不満・不安(予想外のこと)を子供にぶつけているのではと…
自戒を含めて。
子供が自分の予想・期待と外れるほど詰問口調になっていました。
兄弟でも色々なタイプがあり、性格に合わせてのり方褒め方育て方望ましいことも、巣立ってからやっとわかった、という始末。
今後は、悩めるお母さんたちに自分の体験から少し楽になってもらえたら、と思っています。
不安といえば、眼科に来られる患者さんで多いのは『目が赤い』
自分で気になることもありますが、人に言われて来院ということも多いです。
『大丈夫?目赤いよ』
他人の一言は親切そうで、結構相手を不安に陥れるような気がします(診療の場で)。
自身が気になっての来院でさえ、赤い(充血)は眼科的に病気であるのは半数くらいです。
結膜の下の毛細血管が太いだけでも充血しているように見えます。
また毛細血管が集まっていると充血しているように見えます。
市販では毛細血管を収縮させて白く見せる点眼薬もありますが、眼科医はお勧めしません。
毛細血管の太さや密度は当然個性があります。
『悪くないですよ。心配ないですよ』と安心してもらうのも眼科医の仕事。
治療しなければならないのは、結膜炎・アレルギー・さらに強膜炎やブドウ膜炎など。
この場合は赤いだけでなく、他の症状も出ます。
そのほか、緑内障治療の点眼薬でも目が赤くなることがあります。
目が赤くなる(薬によるが最大2時間程度)ことを処方前にお話しします。
本人はその副作用も承知で点眼しているのですが、周囲から『大丈夫?目赤いよ』の声に続けるのが不安になる場合もあります。
軽はずみに相手の体の変化について尋ねることは避けたいものです。
時々『出来物が気になる』『目が赤い』『目が白い』『目が黄色い』の訴えも。
『いつからですか?』
鏡を見て気づいた、気になった。
一通り診察をしても特別病的な所見は?
『正常ですよ。病気でないですよ』と患者さんの目を強拡大で映します。
『これです』示されるのは、涙点や涙丘といった元々あるもの。
赤い場合は、毛細血管が集まっていたり太かったり。
白い場合は、角膜の老人環(ろうじんかん)だったり。
黄色い場合は、瞼裂斑(けんれつはん)だったり。
責任をもって診断治療するのが医師ですが、安心を還元するのも医師の務めだと思っています。
ネットや非医師は責任がありません。
校医当初の就学時だった子が、今は就学時の子供を連れて来ます。
地域にかかわり続けていられることに感謝です。
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前回の続きです。
マサイのドクターは世襲制で、55のマサイ村を管轄。
半年に1度キリマンジャロ山に行き、薬効のある木をロバに引かせて持ち帰ってくるそう。
すべてが治るわけではないことは院長(医師国家資格有)でなくても自明ですが、現代でもこの治療が成立していることに文化の違いを強く感じました。
サファリの動物と同様、生まれる命・なくなる命、助かる命・助ける命がはっきりしている(はっきりせざるを得ない)現状(文化と医療水準からそうせざるを得ないのでしょう)。
日本の医師が診ているのは、小児科を除き、ほとんど加齢・高齢化とともに増加する病気です。
高血圧・糖尿病・高脂血症・癌しかり、白内障・緑内障・加齢性黄斑変性症しかり。
白内障以外加齢に伴う病気はマサイ族の医師からは出ませんでした。
ケニア人の平均寿命は64歳(2024)、マサイ族は45歳くらい。
加齢に伴う病気が発症するより寿命が早く尽きてしまう。
ケニアの現在。
『いつお迎えが来てもいい』『そんなに長生きしたくない』診療の場でよく聞く声。
日本人の平均寿命は女性87歳男性81歳(2024)。
長生きが新しい問題も起こしている日本の現在。
マサイ族でなくても、一般人も公的病院は機能しない(よくストライキが起こる)ため、高い私立病院にどうしてもの時は受診するそう。
ふだんは、薬草や薬局で薬を買い自分で治すとのこと。
もっとも公立病院医師の月給は約20,000円、警備員と同額だそう。
医療体制の充実はまだまだのようです。
ちなみに3日間でガイドとドライバーに支払ったチップは各60ドルずつ(相場らしい)。
日本人のクラウドファンディングで建てられた小学校を見学します。
がらんとした一部屋に20人くらいの小学生が座っています。
大きい子も小さい子も赤ちゃんみたいな子も混じっています。
案内役の青年が、歓迎の歌を歌うと説明します。
歓迎の歌は…なんと日本語で『翼をください』
こうやってはるばる来る日本人のために、一生懸命覚えたのでしょう。
真っ黒な瞳・白目そして肌とのコントラスト。
みんなの目はとてもキュートで活き活きしています。
机は卓球台みたいなもの。
壁にはアルファベットが貼ってあります。
学校に行きながらもお手伝いもしないといけません。
教育を受けることは大切、広い世界へ羽ばたく子がここにいるはず。
もちろん、素足にサンダル、牛糞で作った家で生活し、マサイ族の文化を守る人もいるはず。
(実際マサイ族でも村を出て都会で生活仕事をする人もいるそうです)
あれば便利だけれど、モノや情報などどこまで必要なのか?
モノも情報量も多ければ幸せなのか?
どこまで清潔や快適にこだわるのか?
院長も昭和から生きてきて、子供時代から生活はずいぶん変わりました。
(つい昭和あるあるを回顧してしまいます)。
しかし2025年の現在、マサイ族の生活様式にはびっくりしました。
マサイ族でない人たちの生活(歩いて移動が多い、物乞い、トタンの家や市場など)も然り。
無くてもより良く生きている人々がいると言うこと。
束の間のケニアで感じたことは、日常の日本では感じえなかったこと。
有意義なカルチャーショック!
『Sante サンテ(スワヒリ語でありがとう)ケニア!』
前回からの続き…
もう一つの目的はマサイ族の村を訪ねること。
国立公園の片隅のある村へ。
ケニアには42の多民族国家で、ケニア=マサイ族を連想してしまいますが、実際にはマサイ族は少数遊牧民族です。
最も多いのはキクユ族でガイド・ドライバーとも同族。
ケニアはスワヒリ語が母語・公用語で英語も公用語です。
しかし民族ごとの言葉もあり、同族同士だとその民族言語で話すそう(車内は2人ずいぶん盛り上がっていた)。
またマサイ族の言葉をキクユ族は理解できないので、この間はスワヒリ語か外国人がいるときは英語で話します。
マサイ族はケニア南部からタンザニア北部を牛を飼いながら移動する遊牧民。
最近では国立公園内に定住することも多いのですが、ケニアタンザニアの国境はマサイ族のみパスポートなしで往来できるそうです。
民族間は顔でわかるらしい(日本人が中国人や韓国人を見分けるのと同じ感覚か?)。
マサイ族も最近は、スマホを持っていたり、観光客を相手にしたりと時代とともに変化をしています。
耳に大きな穴をあけた若者が英語で案内。
村の入り口(境はないけれど)からして牛だらけ(牛糞も)です。
牛はマサイ文化の中心で、富・地位・社会関係の象徴です。
また乳・肉だけでなく生血も食料源であり、皮や骨まですべて利用します。
村の男女が歓迎の踊りをしてくれます。
カラフルな布をまとい足はサンダルです。
男性の赤い布はライオンを恐れさせる色なのだそう。
女性は大ぶりのピアスやネックレス・腕輪をしています。
赤ちゃんをおんぶしている人もいます。
その後生活の様子を見せてもらいます。
家作りは女性の仕事で、木の枝と牛糞から(蠅が多い)。
ベッド(固い)にはすごく大きな牛革が敷いてありました。
男性は牧畜と家畜の世話。
トイレを借りたのですが、院長子どもの頃の和式よりもずっとずっと昔。
トイレの原型です(おそらく)。
トイレの原型はいわゆる和式なんだとこれまた発見?!
元々は何処の地域でもしゃがんで用を済ませたのかもしれません(女性は大小・男性は大)。
現状、トイレの小屋が一つあるものの(観光用?)、マサイ族の多くは青空で済ませるようです。
一人の男性が小さな5本の棒状の物を持ってきて説明を始めました(英語)。
マサイ族の医師だそう(I am Dr. と紹介、マサイ族認定)。
1,マラリアの薬
(蚊を介して感染、熱帯亜熱帯で多い、2日目のホテルではベッドの周りに蚊帳が吊るしてありました)
2,下痢をはじめ胃腸不良の薬
3.関節・筋肉の痛みの薬
4.強壮剤
マサイ族は一夫多妻制です。ドクターの妻は1人だけだそうですが、先程の若者は来月2人目と結婚予定とのこと。
そのため強壮剤は必須のようです。
5.トラコーマや白内障の薬
トラコーマはクラミジアによる目の感染症です。日本でもかつては流行していましたが、少なくとも院長が眼科医になってから新しく罹患した患者さんを診たことはありません。
各症状・病気に応じて、上記1~5の木を粉末状にしたり煎じたりして塗ったり飲んだりして治していくそうです。
目に関しては熱く熱した棒を頬(瞼の下)に押し付けることもするそう。
これは日本でいう罨法(目を温める)に相当するのかと思いました。
わかったか?と聞かれ『sawasawa サワサワ(スワヒリ語でOK)』と答えた院長。
漢方とも違う世界にびっくりです。
次回に続きます。
(来週は23日祝日のため公センセの部屋お休みです)
目の前を象の親子が歩いて行きます。
動物優先、邪魔しないように。
オバサンになっても(なったからこそ)やりたいこと続々の日々。
見つけた2泊機中2泊現地の個人ツアー。
現地集合現地解散。
まさにコンパクトに自分が行きたいところだけ!
経由地を経て約1日かけての到着先はナイロビ。
ケニアのナイロビ空港集合・解散。
Ms.HASEGAWAの札を持ったガイドを見つけほっ。
『Jambo!ジャンボ (スワヒリ語でこんにちは!)』
この日はナイロビ泊。
素晴らしいホテルなのに翌朝は5時半出発、ゆっくりできません。
翌朝ナイロビ国立公園へ。
まだ暗いうちに1番の到着。
この国立公園は面積117平方㎞ナイロビ市街地の南東約7に㎞に位置し、野生動物の背後には市内のビル群がそびえたっています。
サファリ用ランクル(ランドクルーザー)に乗って出発。
シマウマの群れが草を食んでいます。
カバが朝になり水の中に潜っていきます。
サイの親子がゆったりと歩いています。
キリンも悠長に首を伸ばして高い木の枝の葉を食べたり、下におろして低い木の葉を食べたり。
『キリンのまつ毛はたくさん。とても長いです。ホコリや砂から守ります』
ケニア人ガイドのAさん(男性)。
なるほど…
かくいうAさん、ドライバーのBさん(男性)ともまつ毛はパーマをかけたように長くてきれいなカール。
ヒトも長い歴史の間に環境に適するような仕様になっているのだと改めて確認。
この国立公園にはゾウはいません。
ゾウは1日300㎏の餌を食べるので、この公園ではゾウが住むに十分なエサがないとのこと。
ということで約200㎞強離れたアンボセリ国立公園に向かいます。
ナイロビ(首都)もそうでしたが、市外に出ると、砂埃の国道脇を度々人が歩いています。
ケニアにはナイロビ・モンバサを結ぶ高速鉄道しかありません(中国が支援)。
移動はバス・車(高価なのでなかなか買えない)・タクシー・バイク(多くはない)など。
バス停の表示はなく、トタンか木の枝で作った露店が多く集まっているところがバスターミナルです。
何で歩いているのか?(気になるとすぐ質問)。
『歩くしかないからです。ケニア人はよく歩きます。大体私も毎日10キロ歩きます』
ガイドのAさんも自宅からバス停まで歩き、バスの後職場まで歩く。
市場へも歩く。
バス停自体の間隔も遠いし、自宅もバス停から遠いのが一般的だそう。
必要だから歩く。
シンプルな回答。
日本人の健康のために歩きましょう、ではない。
ケニアは1700Mの高地なので25度くらいで涼しいとはいえ、紫外線も強いです。
しかし、歩いている人(市場の人たちも)で帽子を被っている人はほとんど見かけません。
『帽子を被らないのですか?』
『みんな被りません』(習慣がないよう)
黒人の髪の毛は縮毛です。
縮毛が故、頭皮に浮く形で髪が伸びていくので、外気と頭皮の間の髪の毛が断熱材のようになり頭の温度が高くならないようになっています。
また縮毛は、頭を全体に覆うように伸びているので紫外縁からも頭皮を守ってくれます。
おそらくそれで帽子を被る習慣がないのかもしれません。
黒い肌だってそう(長袖も多い)。
サファリカーの移動中、二人の頭を後ろからじっと観察。
ヒトも環境に適応し進化してきたことをまた改めて確認。
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