2022.8.2   おかげさまで25週年

開業初日の朝は今も記憶に新しい院長です。

8月1日まぶしい快晴の朝。

おかげさまで、25周年を迎えることが出来ました。

あの日以来ずっと地域の開業医として走り続けています。

 

異郷地で、小さな子供たちを抱えながら仕事を続けるのに、開業を選択しました。

開業の翌年に三男を出産。

自営業(開業医)は、産休・育休は保証されておらず、出産日と産後7日休んだ後復帰しました。

地域の開業医としての勝手な自負と責任感、若さゆえの体力が可能にしました(いつ寝ていたのか?)。

保育園の預かり18時に診療終了時間を設定したものの、お迎えはいつも遅刻。

我が家の子供たちはいつもお残り組でした。

 

眼科専門医の資格は取得したにもかかわらず、開業してみると、知識や経験の足らなさを自覚しました。

育児も中途半端で、女医がフルに働くことはなんて難しいんだろう!と嘆いたものです。

 

眼科医としての充実か、母親として育児の充実か?

優先したのは、医師としてのキャリア形成でした(もちろん悩みました)。

 

長男が小学校入学を機会に、自身も大学院入学。

しばらく遠ざかっていた大学病院の緑内障外来や研究。

開業医+育児家事に加え更に厳しい状況になりました。

子供たちがプールで泳いでいるのを見ながらのママ友の雑談から離れて、必死に論文を読んでいました(絶対的に時間が足りないので)。

台所にはパソコンを置き、4時起床が日課となりました。

子どもたちは、平日母とは遊べなくなりました。

 

あの時、今でなくても…と言う声もありました(家人ではない)。

もっと子供が大きくなってから…とか。

でも、あの時しかなかったし、あの時だからこそ出来たのだと思います。

医学博士は、最後のご褒美であって、その過程こそが大きな自信となっています。

 

緑内障の失明症例などを経験していくうちに、視覚障害者補装具適合医師の研修を受け、ロービジョンにも関心を持つようになりました。

パラスポーツを知って、まずは健常者のスポーツ医学を学ぼうと、日本医師会認定健康スポーツ医を取得。

ロービジョンとスポーツ医の次は身体障害者スポーツ医も取得しました。

患者さんの就労環境や健康管理の話から、産業医も取得しました。

また、高齢の患者さんも多いため、名古屋市もの忘れ相談医としてもの忘れ検診を実施しています。

開業以来拝命している学校医も、自身の資格や経験を活かして活動出来ていると思っています。

 

思い立った時はチャンス!

一歩踏み出すことで、その時はたくさん苦労もしょい込むことになりました。

でも、もっと先の未来(現在)に立てば、全てがつながっていると感じます。

眼科医が根幹を占めている院長ですが、色々関心のあることに枝葉を伸ばしたことで、幹も太くなってきたと思います。

 

当院は、オーナーシェフ1人でやっている小さなレストランだと思っています。

シェフの味と人柄を求めてお客様が来てくださるのが、生きがいです。

シェフは、お客様ひとりひとりが大好きです。

同じ気持ちを持ったスタッフも頑張ってくれます。

お客様の期待に応えるべく、気持ちよい空間(屋内外とも)つくりと、味の仕込みを続けています。

『来てよかった~また来るわ~』と言ってもらえる一皿をお出ししたいです。

 

知識も経験も年月を経て蓄えられます。

量ることは出来ませんが、院長の眼科医人生の中で、当院の患者様からの得た経験は大きなウエイトを占めています。

経験を診療で還元できるよう、これからも日々研鑽を積んでまいります。

地域のかかりつけ医として、今後ともよろしくお願いいたします。

カテゴリー:クリニックに関すること 健康 公センセの家族・恩師・友人など 公センセの想い

2022.7.26 ミレニアム

取引先の担当者が、同行者を連れてきました。

年に1~2回、どのメーカーでもあることです。

新人か上司か。

今回Aメーカーの担当Bさん(20代女性)に同行してきたのは、すらりと背の高い男性。

マスク越しなので、上司?新人?どっち?

『今日は新人同行で~す』

『Bさんも成長したわね~』

『公センセイ、驚きますよ!さあ、自己紹介して』

『Cと申します。2000年生まれの新入社員です。よろしくお願いします』

2000年生まれ!が、もう社会人だなんて!

うちの息子たちより後から生まれた人たちが、もう社会人なんて!

院長の思いを見透かしたかのように『ミレニアム生まれなんて、驚きですよね~』とBさん。

『びっくりしたわ~ミレニアム生まれが社会人なんて、時が経つのも早いわね~』と、オバサンらしい相槌。

 

2000年と言うと…

その前年から、新しいミレニアムに沸いていました。

 

せっかくの記念だからと、1999/2000/2001の絵皿をシリーズで手に入れたのも今は昔。

結局、騒々しい小さな息子たちのいる家では割れる恐れありと、食器棚にしまったまま現在に至ります。

もう、食事用の皿として使ったほうがよさそうです。

 

最近では見ることのない2000円札が発行されたのもこの年。

沖縄サミットを記念して、表には首里城の守礼門が。

数年後、首里城を見たくて降りた那覇空港には『2000円札を使いましょう!』のポスターが何枚も貼ってあったことを思い出します。

手元に2000円札を得ると真っ先に使うお札でした(間違えやすいので)。

もう発行してない現在に至っては、懐かしさも。

 

社会的現象としてのY2K問題は忘れられません。

日付の年部分を2桁の数字で管理しているシステムにおいて、コンピューターの誤解釈・誤作動が起これば、重要なシステムが停止する恐れがあるという問題です。

2000年という年代にコンピューターが対応できるか、各メディアがこぞって話題にしていました。

当院も、当時、電子カルテではないにしろ、コンピューターは導入されており、ドキドキしながら2000年1月1日を迎えたものです。

Y2K問題に備えて、年末年始の外出も控えていました。

結局、何も起こらないまま(少なくとも自身の周辺は)今に至るのですが、そのY2K問題も知らない世代がもう社会人とは…

 

Bさんがいつも以上のプレゼンをしてくれます。

さすが、先輩!

新人の前で気合が入っているようです。

前任者のDさんもずっと新人の時から4年担当してくれましたが、その成長ぶりは目を見張るほど。

新天地への赴任は、院長お墨付きで送り出したものです。

 

若い人の成長は、見ていて楽しいし、嬉しい。

もちろん彼彼女らが真摯に仕事に取り組んでいるからです。

だからオバサン(院長)も老婆心ながらアドバイスをします。

 

ミレニアムから22年。

BさんもCくんもDくんもうちの息子たちも子供から成人に心身ともに著しく成長。

オバサン(院長)とクリニックは、どれだけ成長したのかな~?

開業して2年ちょっとのミレニアムの年。

”まだ未来が霧の中~(ユーミンの歌詞)”でした。

ミレニアム青年を機に、振り返る良い機会に。

 

2000年の始まり、何をしていましたか?

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事

2022.7.12  桃のスープ

桃が店頭に並ぶようになりました。

桃はそのまま食べるのがとても美味しいのですが、院長の好きな一品に『桃のスープ』があります。

 

30年ほど前に家人が連れて行ってくれたレストラン。

そこで初めて桃のスープなるものを食べました。

桃は生に限る!もしくは桃の缶詰しか知らない地方(岐阜)出身者にとっては驚きの味!うっとりするような味でした。

 

以来、桃の出回る季節には必ず足が向きます。

 

『桃のスープ出てますか?』の確認をして、今年も出かけました。

『お待ちかねの桃のスープです』とサーブ。

この季節のお楽しみを口にすると、幸福度アップの院長です。

今年も、この味に出会えて満足。

しかも、この何年かは、家人は自分のスープを院長にくれるつもりで桃のスープを注文してくれます。

本人曰く、『それほど桃のスープに固執していないから、そんなに好きならもう一皿どうぞ』

長いお付き合いの賜物?です。

相手が好きなものは、譲るとか少し多めに分けるとか…

息子たちは、母(院長)に対しては、配慮するより配慮してもらう方。

将来のパートナーとは、譲り合いしないとね~

と言うわけで、二皿も楽しみ、大満足。

 

桃のスープで検索すれば、色々なレシピが出てきますが、自分では作る気にはなりません。

院長にとって、桃のスープは、そのレストランでしか食べられない特別なスープです。

こういう特別感が、日々の生活の活力になっているのかもしれません。

 

さて、新型コロナの流行が始まり、外出もままならない頃。

一人でこのレストランに出かけました。

サイクリング気分で、感染予防?のため自転車で。

カジュアルだけどレストランにはOKくらいの格好で。

閉塞感の毎日の中、あの日の桃のスープも美味しかったです。

その帰り。

信号のない、三叉路。

左折しようと停車の車に対して、左方向から自転車の院長。

右方向を確認して、左方向(院長方向)も見ているよね~と思いながら進行。

すると、車が左折しようと直進し、自転車の前輪と衝突。

相手のスピードも遅く、院長の踏ん張りも効いて、転倒はしませんでしたが、前輪のゆがみ。

幸い、自身の身体は大したことがなく、自転車の前輪のみ交換で済みました。

下肢の踏ん張りは筋トレの賜物?

踏ん張れなかったら転倒して大変なことになっていたかも。

桃のスープとリンクする痛い思い出です。

 

恐らく、視力・視野は問題ない運転者だったと思いたいですが、何回も曲がる方向の両方向を確認する重要性を改めて認識。

院長も日々診療で、視野欠損の患者さんの運転・生活指導(助言)をしています。

片眼が見えない場合、その目の外側はよほど首を大きく回すなどしないと、見落としにつながります。

上方が見えない場合は、信号機や標識を見落とすことがあり、注意です。

下方が見えない場合は、足元やカーナビ操作に注意です。

両眼の視野が周囲から狭まって、狭い中心しか見えない場合は、その周辺の変化がわからないので注意です。

周囲は見えるけれど、見たい中心が見えない病気もあります。

意外に、自覚せず、運転しておられます。

自分の特性(視力・視野)を知っていたほうが、より安全・安心に運転できます。

 

そして、事故防止には、運転者も、自転車・歩行者もそれぞれが注意を払うことが大事です(自戒を込めて)。

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事 眼に関すること

2022.7.5 プラン75

『来週、免許返納するの』

『え~!?』

『後期高齢者(75歳)になったら、返納するって決めてたから。ちょうど、誕生日が来るから』

ある日の医師会の会合にて、A先生(女性)。

もうそんな年齢とは思えないほどのお元気さです。

『仕事はどうされるのですか?』

『車はやめても、仕事は続けるわよ』

あっぱれ!

隣で『僕は、前期高齢者(65歳)になりました』とB先生(男性)。

『A先生、すごいですね~。僕は後期高齢者になったら引退しようかな~』

B先生は多趣味。

毎日、趣味だけで予定が埋まりそうです。

『やっぱり、仕事が好きなのよ。患者さんと向き合って仕事することが。ストレスの元凶でもあるけどね』

敬老パスの使用頻度、高齢者受給者証の制度、自身の健康など…内容は多岐にわたり、テーブル最年少とはいえ、しっかりオバサンの院長はふむふむと(老後の)参考になることばかり。

 

先日、今話題の映画『プラン75(倍賞千恵子主演)』を見てきたばかりの院長。

そのことを話すと、みなさん『どうだった?見たいと思っている』との声声。

 

『プラン75』は、75歳(以上)になったら、生死を選択できるという国の政策。

まだ人生を送りたいという人には無理強いはされませんが、先の人生プランを描けなくなった時の選択肢として用意されています。

プラン75を選択すると、現金10万円をすぐ支給され、好きなように使うことが出来、死ぬ前日まで相談員が毎日電話でサポートしてくれます。

死ぬ前にある程度安らかな(あきらめの?)境地を作り死にいざなう。

もちろん心変わりも可能です。

この政策のお陰で、国も高齢者を支える若者負担も減る画期的な策とのこと(映画では…)。

このシチュエーションの中で、ホテルの清掃員を解雇された一人暮らしの主人公がどうなっていくか…

院長は一人で鑑賞したのですが、劇場はほぼ60代、70代の観客で埋まっていました。

 

老後なんて遠い未来だと思っていた頃。

開業当時、かなり年配の現役の女性医師と話す機会があり、年齢を聞いたところ、当時の院長の倍以上!

自分の人生の倍以上の人が、まだ現役で仕事をされている事実に驚きでした。

今や、親子ほどの年齢差の若い医師が誕生。

彼らから見れば、私たちの年代の医師は、遠い存在のオジサンオバサン医師。

きっと医師人生30年と聞いてもピンとこないと思います。

しかし、医師会や学会で院長より更に年長の諸先輩の話を聞くと、老後は近づいているけれど、それなりに明るそうです。

オバサン院長ですが、久しぶりに『若いわね~』の言葉を浴びた一夜でした。

 

『過去に戻れたら○○歳と言う人がいるけれど、私は、今が一番いいと思ってるの』

A先生の力強い言葉。

院長も、まだまだ若輩者ですが、オバサンの今が一番ベスト(更新中)と思っています。

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事

2022.6.28 納得いかない

学校検診の受診のお勧め用紙持参の患者さんの中には、毎年、眼科的にはどこも悪くないのに視力が出ない『心因性視力障害』があります。

何かしらのストレスで視力が出にくい状態になっています。

ストレス(家庭・学校・友人・習い事関係が多いように思います)の心当たりがあれば、軽減。

眼鏡をかけたい眼鏡願望の場合もあります。

患者さん(子供)へ寄り添い、

保護者からのヒアリング。

必ず視力が出てくるので焦らないことをお話しして、今まで以上に愛情を注いで関わってほしい旨を伝えます。

結構時間のかかることですが、励まし、経過を見ていくことで結論が出てきます。

ただし、1年近く変化がない場合は、心の専門科へ紹介することもあります。

 

先日はWEBで『心療眼科研究会』に参加しました。

この研究会に参加しようとしたきっかけは、既述の『心因性視力障害』です。

20年以上前のある学会での『心因性視力障害』の発表が非常に印象強く残りました。

心療眼科研究会は、今年で第15回ですが、以後テーマは変わりつつも、眼と心(精神)がテーマです。

 

さて、今回のキーワードは『白内障術後不適応』

白内障手術は、今や、スタンダードな安全な手術として確立しつつあります。

もちろん、患者さん個々にリスクファクターの有無・程度は違いますが、眼科医が一番先に習得する内眼手術です。

ですが、客観的には成功した手術(どの医師が見ても)なのに、予想外の見えずらさ・違和感・疼痛・羞明を長期に訴え、心身の不調に悩まされる患者さんがいることが分かってきました。

全白内障手術の数%ほどだそうですが。

実際には起こっていないことが原因と考えたり…

(眼内レンズが傾いているのでは?)

(眼内レンズの度が合っていないのでは?)

(手術中に痛みを感じたせいでは?)などなど疑惑と不安の嵐です。

 

手術後の過剰な期待(軽度白内障や軽度視力障害で施行)や、患者さんの認知のゆがみなどが可能性としては上げられますが、スパッとこれが原因でこの治療で…と単純には行かないようです。

このような患者さんは『心体症状症』という病名で、精神科的な治療も必要になる場合もあります。

しかし、その前に、眼科医は、患者さんに寄り添い、納得いくようにするようなアプローチに努める必要はあります。

 

他院で、白内障に限らず、手術後、色々と訴えの多い(自分で納得かない)患者さんは来院されます。

手術の出来(問題なし)と、患者さんの自覚は違うことも多々あることを実感します。

客観と主観の一致なら、とてもハッピーなのですが、現実は難しいです。

 

今回の特別講演は何と大学の同級生Kさん。

10年以上前に上京したのは知っていましたが、こんな所で遭遇するとは!

研究会の案内の演者を見て、Kさんだと確信。

卒業以来のズームでの再会(向こうからは見えてないけれど)。

KさんはT大病院で精神科医として活躍中。

ちょっとだけ年を取ったけれど(お互いさま)、変わらないわ~

 

偶然の繋がりに感謝し、同級生の活躍を誇りに思い、久々に便りを出した院長です。

 

こちらもご覧ください

見えるのに見えない

もはやお母さんではない

 

カテゴリー:健康 公センセの家族・恩師・友人など 眼に関すること

2022.6.7 ちむどんどん

大学で同級生だったAさんにメール。

『5月〇日~〇日、そちらに行きます。

もし、都合がつくようなら再会しましょう』

『嬉しい!でも、こちらは梅雨です。例年の3倍。梅雨明けのほうがいいよ』と返事。

 

ふと思い出して、日帰りで再会したのは3年前。

今回は、学会のため、日時は決まっています。

 

沖縄に梅雨…今更ながら、沖縄にも梅雨あり。

沖縄へは何回も行ったけれど、梅雨の時期は未体験。

いつも太陽サンサンと輝く明るい沖縄の気候しか知りませんでした。

台風はイメージできても、梅雨は…想像もしていませんでした。

 

沖縄で開催される学会は、非常に珍しいのですが、Aさんに再会できるかも?の期待もあって、決行。

観光やリゾートでなく、勉強に行くのですが、気分はハイになります。

到着した那覇空港。

亜熱帯の独特の湿気と気温。

案の定、やはり雨でした。

 

学会場は、スーツ姿のドクターばかり。

しかし、会場を出ると、かりゆしやリゾート客が目立ち、オキナワというアウェイを実感します。

今回は、初めて新型コロナウイルス関連のセッションがあり、何題か発表されました。

今後も症例が色々集められ、傾向と対策として後世に伝達されていくのだと思います。

病気にかかった患者さん一人一人が、次世代への医学の貢献に関わっているのです(日々の診療でも、患者さんの病気から学び、成長している院長です)。

 

また、長く教授職に就かれ、今も現役の医学研究者K先生の招待講演。

冒頭で、そんな偉大な先生のことを、学会場の研修医クラスは知らなかった…と言うエピソードを笑って話されました。

若い医師から見たら、随分高齢な医師…くらいにしか見えないかもしれません。

自分たちも、若い頃、高齢の医師を見て、実は眼科学の発展に大変寄与した先生だとは想像できなかったことがあります。

経験を重ねるにつれ、先人・先輩は如何に素晴らしい(素晴らしかったか)、そしていつまでも自分の目標の人たちなのだと認識します。

『現在の不可能を未来に可能にする』

その言葉の通り、若いころからK先生の講演でずいぶん勉強させていただきました。

どんな仕事もそうですが、長年積み上げてきた知識・経験・技術は何事にも代えがたいものだと思います。

幅も深さも広がっていく。

成長は緩やかになりますが、成長し続ける医師でありたいと改めて決意した次第。

 

毎日の大量の雨。

出かける気にもならず、ホテルで、地方紙を読みます。

自分たちの知らない沖縄のニュースがたくさん。

基地絡みのニュースもほぼ毎日です。

お悔やみ欄が大きいのも沖縄の特徴。

喪主欄には、妻や長男・次男…その嫁、長女・次女…その婿、孫や義兄弟姉妹など一族総出の名前が出ています。

色々発見?するのも楽しいです。

 

最後の夜はAさんに再会。

はるばる中部(沖縄県の真ん中あたり)から出てきてくれました。

中古の軽で。

『小道に停めておいたら、急に大雨になって浸水しちゃった。15分くらい降っただけなんだけど。だから代車』

滞在中も、急に激しい雨(スコールみたいな?)が短時間何回か降りました。

沖縄あるある、らしい。

Aさんは、生粋の沖縄人。

『ねえねえ、今、ちむどんどん(朝ドラ)やってるけど、どういう意味?』

『公ちゃん来るさ~、嬉しくてちむどんどん。楽しくてちむどんどん。って使うさ~』

激しい雨でも、優しくなれる沖縄でした。

 

こちらもご覧ください

2019.3.5  約30年ぶり

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事 眼に関すること

2022.3.15  ごちそうはオムライス

毎年恒例の人間ドッグ。

毎回苦手な胃カメラです。

今年の担当医は院長と同年代。

口調も操作も非常に手慣れて滑らか。

苦手意識軽減。

特に異常もなく今年も安心です。

 

胃カメラのための12時間以上の空腹からのごちそうは何を…?

この楽しみがあるから、苦手な胃カメラも乗り切れます。

 

今年はオムライス!

胃カメラを受ける前から決めていました。

 

外で食べるオムライスの中でも、1位は某ゴルフ場のレストランのオムライス。

他のメニューには目もくれず、毎回オムライス。

ナイフでオムレツを切ると中からとろとろと流れるオムライスです。

ラウンドよりオムライスが楽しみな不届きなゴルファーです。

 

今回はレトロなタイプのオムライスを食べに。

お勧め新メニューに、初めて見るドレスドオムライスが。

卵生地がドレスの裾のようにドレープ状になっています。

初物には弱い院長ですが、ここは予定通り定番のオムライスを。

ケチャップライスを薄手の卵で巻いてあります。

 

アツアツのコロッケもセットで。

空腹が満たされます。

デザートはいちごパフェを。

隣の老婦人(恐らく80前後)も同じメニュー。

目が合い会釈を。

80になっても、一人でこのお店に来る。

自分のやりたい(やる)ことリストに追加です。

 

帰りに本屋に寄ると、オムライス(だけ)の料理本が目に留まりました。

食べたばかりなのに、家でも食べたくなり購入。

 

帰宅し本を開くと、オムライスも4種あるようです。

本日食べた、ご飯を包むスタイルの昔ながらのオムライス。

半熟卵を乗せるタイプのオムライス。

お勧め新メニューの、卵をドレープ状にして乗せるドレスドオムライス。

ゴルフ場の、中が半熟上のオムレツをご飯の上に乗せるタンポポオムライス。

 

いくつになっても『夕飯は(何)?』と聞く息子(たち)です。

家人は聞かないどころか、忙しい時は察して調理する姿勢に(共働き生活長年の賜物)。

息子たちも、母(女性)の忙しさを察して作るくらいの気概が欲しい(ジェンダー教育道半ば)。

いつもなら、息子(たち)が在宅だと張り切るのですが、その日は飯炊きオバサン辞すことに。

『この本買ってきたから、作って。ちょうど4人いるから4種類お願い!』

 

手分けしてガチャガチャやっているよう。

『出来たで~』

お店のとは違いますが、まずまずの見栄え。

そしてまずまずの美味しさ。

『美味しい!』

『だろっ』

これから何回も作って十八番にして~

 

美味しいオムライスの基本は卵3個に生クリーム10グラム。

生クリームは高価なので、専ら牛乳を使っていたのですが、この美味しさを実感すると、今後、断然生クリームと決意した院長。

生クリームがたくさん残っているので、その日以降も毎日オムレツを作って食べています。

 

さて、眼科と卵は関連があります。

『卵黄様黄斑(おうはん)ジストロフィー』

網膜(眼の奥)の中心の黄斑(おうはん)が侵されていき、小児期から徐々に視力低下やゆがみが起こる病気です。

黄斑が卵黄みたいに丸く黄色くなります。

遺伝病で、指定難病です。

日常診療ではまず遭遇しませんが、眼科専門医としては常識的な病気です。

卵を割るたびに、この病気を連想します(院長だけ?)。

 

オムライス作りの新しい楽しみが増えました。

でも、卵の消費が早いこと、早いこと。

ダチョウの卵が欲しくなります。

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事 眼に関すること

2022.2.15 ドーナツと緑内障

先日、ショッピングセンターで小腹が空いた院長。

Mドーナツ店の前を通ると…

某ショコラティエとのコラボドーナツが。

 

せっかくだからドーナツで一休みすることにします。

何年ぶり?

期間限定の…チョコレートをまとったハート形やガナッシュをサンドしてあるドーナツ数種。

キュートだわ~♡

どれにしようか…

しかし、結局選んだのは、定番のドーナツ2種。

斬新さより懐かしさが優先しました。

 

ドーナツにはコーヒーが一番合うとは思いますが、筋トレを始めてから常に頭の片隅に『タンパク質摂取』という言葉が。

炭水化物と油脂が主だから、ホットミルクをオーダーします。

 

丸いドーナツにクリームが入っているもの。

ドーナツは穴が開いているものと信じていた昔、初めて見て食べたときはびっくりしました。

軽い触感でチョコがかかっているドーナツも。

 

小学生のころ、街に勤めている母が買ってきてくれたのが、これらMドーナツとの初めての出会い。

田舎では、まだ誰(同級生)もそんなドーナツを食べたことがありませんでした。

 

母はフルタイムで働いていたので、よく街のドーナツを買ってきてくれました。

それはそれで嬉しかったのですが、母の手作りドーナツにも憧れていました。

それを察してか、ある日、父がドーナツを作ってくれました。

膨らし粉でつくった穴の開いたドーナツ。

白砂糖がまぶしてあります。

嬉しくて切ない、小さい頃の思い出です。

 

その後、自分で街へ行くようになり、ドーナツも自分で買えるようになりました。

高校のクラスメイトのお姉さんのバイト先はMドーナツ。

残ったドーナツをおすそ分けされ、お昼休みに何個も頬張ったことも。

若さゆえ、一度に3個食べるのは当たり前。

体重も人生最大値を示した頃です。

 

そんなに大好きだったドーナツ。

今、久しぶりに、ドーナツを目にすると、走馬灯のようにドーナツをめぐる物語がよみがえります。

一口食べてみると、懐かしい。

そうだ、そうだ、こんな味・触感だった。

若いころのように、バクバクあっと言う間に平らげることもありません。

一口食べてホットミルクを一口。

ドーナツひとつで十分でした。

 

さて、院長は、1日1回は『ドーナツ』という単語を口にします。

日々、健康診断で『視神経乳頭陥凹(かんおう)拡大』を指摘され、精査目的で来院されます。

目の奥の網膜(もうまく)には、光を感じる細胞(視細胞)があります。

視細胞で感知した情報は視神経線維を通って、脳へ送られます。

視神経線維は、眼球の奥(視神経乳頭)でまとまって束となり、眼球の外(脳)へ向かって出ていきます。

 

この視神経乳頭の陥凹は誰にでも認められます。

しかし、その陥凹(=へこみ)が標準より大きい場合、健康診断で『視神経乳頭陥凹拡大』と指摘されます。

 

乳頭陥凹拡大を指摘されたということは、緑内障の検査をしてね、ということです。

緑内障で、視神経の数が少なくなると、視神経線維層の厚みが薄くなり、視神経乳頭陥凹拡大が大きくなります。

院長は、ドーナツの話をします。

穴が小さく食べるところが多いドーナツ(正常陥凹)と穴が大きくなって食べるところが少ないドーナツ(視神経乳頭陥凹拡大)。

ドーナツのように、視神経陥凹は穴ではないのですが、イメージです。

視神経乳頭陥凹拡大だからすべて緑内障というわけではありません。

緑内障の早期発見・早期治療のためにも、指摘されたら眼科を受診してくださいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:健康 公センセの家族・恩師・友人など 眼に関すること

2022.1.11  仕事は生きがい

本年もよろしくお願いいたします。

 

どんな一年になるのやら?

 

師事していたA先生は、退官後、新天地で緑内障診療。

昨年末、話をする機会がありました。

手術数もどんどん増え、『今が一番手術上手いかも。70歳までは手術できそうだね』

社会的に、既に頂点と認められている立場でも、前向きな姿勢。

『何歳になられましたか?』

『67歳』

『え~先生、そんなお歳になられたんですか?』

『はせこう先生だって、もう○○歳(内緒)でしょ。入局してから30年なんだから』

確かに。

 

 

医師会のあいさつで最年長の元医師会長B先生が登壇。

ずいぶん前に診療所の仕事は譲られたものの、未だ公の場に出られてお元気。

かなり減らしてはいるものの、医師として仕事をされている88歳。

開業時の挨拶に伺った時は、すごく怖かったけれど、今は好好爺です。

 

休日診療所の当番表を見て、『私、半日のはずなのに』と訂正を求めたC先生。

75歳以上は、午前午後1日でなく半日勤務になります。

『先生、一体おいくつですか?』

『もう、とっくに75超えているわよ』

全然変わらない、はつらつとしたC先生は、まだまだ自身のクリニックで診療をされています。

 

素晴らしい先輩たちに、敬意を払い、勇気をもらいます。

 

『人生(仕事)の上り坂は、歳と共にきつくなりますよね』

これは、大手企業の役員だった旧友からの新年の言葉。

同じ机を並べた彼女は、進路は違いますが、大きな世界で戦ってきた尊敬できる人。

今も新しい仕事に挑戦しています。

 

先輩たちを見れば、いくつになっても仕事が好き。

趣味を超えるやりがい・張り合い・生きがいなのだと思います。

 

若いころは、エンジン全開!加速しっ放しでした。

やることだらけで、ゆっくりする暇もなければその気にもならない。

つらい時もたくさんあったけれど、若さゆえに乗り切れました。

休まず続けてきたことで、少し減速してもゆっくりでも上っていける予測は立ってきました。

それでも、仕事を続ける限り、上っていく(知識・技術など)責任があります。

 

『健康第一だね~』

その通り。

この言葉も、合言葉になりつつあるオバサン院長世代です。

 

早速、今年は元旦からパーソナルトレーナーと筋トレ。

身体も鍛え、その後のメンテナンスも忘れずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:健康 公センセの家族・恩師・友人など 公センセの想い

2021.11.30  オバサンのおかげで…

先日、地下鉄で街へ。

途中まで文庫本を読み、スマホに切り替え…

知らぬ間にウトウトしていたようです。

停車駅の駅名表示にハッとして、『あれっ!?もう丸の内?』と、隣に話しかけます。

院長の顔をまじまじと見たのは、眼鏡をかけた60代と思われる年上オバサン。

誰?

当然向こうも、このオバサン(院長)どうしたの?と驚いた顔。

日曜日の夫との外出モードになっていたよう。

『失礼しました!家族と一緒に出掛けていたと勘違いしまして…(そんなことある?)』冷や汗。

『そうでしたか。それより、乗り過ごされなかったですか?』

『名古屋なので大丈夫です』

2駅の間、なぜか話が盛り上がってしまったオバサン同士でした。

年上オバサンは、桑名集合のウオーキングに行くそうで、お勧めのコースを教えてくれました。

楽しいエピソードになったのは、隣がお姉さんオバサンだったおかげ。

もし、隣が○○だったら違う展開が…また妄想で遊べそうですが、失態には注意です。

 

寝過ごした一件で、忘れられないのは、三男のハプニング。

当時小学1年生の三男。

スイミングクラブの送迎バスは、大人で徒歩15分の学区外停留所まで。

しかも、時間は、当院の診療時間開始後です。

1年生になったばかりの子供一人でお迎え場所まで行かせることは、当時、心配で出来ませんでした。

仕事をしているために、送迎バスの停留所まで連れて行って乗せるだけの時間が取れない歯がゆさ。

わずかな隙間時間を助けてほしいと思っているワーキングママは今も多いはずと思います。

 

対応策として、自院の傍の停留所から市バスに乗せることにしました。

送迎バスより早く出ることになりますが、診療前にバス停に一緒に行き、乗車を確認することが出来ます。

乗車時、運転手さんに行き先を告げる

運転手さんのすぐ後ろの席(最前列)に座る

2つの決め事です。

走り去るバスに手を振って、午後の診療に臨む院長でした。

 

ある日の診療中、受付から電話の取次ぎがありました。

出てみると、オバサン(恐らく60代~70代)。

『○○(息子)君のお母さんですか?』

『はい、何か?』

『今○○君に代わりますね』

『○○ちゃん!?どうしたの!?』

『うんとね~新瑞橋まで来ちゃった~』

 

オバサンの話によると…

その日は遠足の日だったので、疲れてバスの中で眠ってしまったそう。

降りるべき停留所はとっくに過ぎて、終点で降りるオバサンに気づかれたという始末。

息子は、思わぬ展開に泣きべそ。

家の電話番号は覚えていなかったけれど、クリニックの名前は言えた息子。

オバサンが公衆電話から当院に電話をかけてくれました。

かくかくしかじか…

『では、折り返しのバスに乗せますね。○○(乗車場所)のバス停で降ろしてもらうよう、さっきの運転手さんに言っておきますね』

『お手数おかけしました。よろしくお願いいたします』

 

ドキドキ…

無事に息子は戻ってきました。

オバサンのおかげ。

母は安堵と自責の念。

 

あの時の出来事は、息子にとっては大事件。

今もしっかり覚えています。

もちろん母もしっかり覚えていてますが、思い出すたびに胸が痛むエピソードです。

『あの時は~』と笑い話にしてくれる息子に、働き続けてきた母は救われます。

今日30日は三男の誕生日。

大人になっても、母にとっては小さいままの息子が心の中にいます。

 

オバサンのおかげで…

そんな日常の一コマに登場する、名もなきオバサンになれたら…と思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事
  • カテゴリー

  • 最近のエントリー

  • カレンダー

    2022年8月
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031  
  • アーカイブ

  • タグ

先頭に戻る