2021.8.31  パラを見る

東京2020パラリンピックが開催されています。

オリンピックはニュースで結果を知ったくらいでしたが、パラリンピックのいくつかは、中継で見ました。

『障がい者スポーツ医』としてはぜひ見なければ!

『障がい者スポーツ医』とは、障害がある人たちがスポーツを生活に取り入れ実践していくためのスポーツ指導者です。

日々の健康増進のためのスポーツから、競技としてのスポーツまで指導内容は多岐にわたります。

専門科目は多岐にわたるので、恐らく、各々自身の専門科を活かしたスポーツに関与することが多いと思います。

院長は眼科医なので、視覚障がい者スポーツに特に興味があります。

 

視覚障がい者の種目としては

ゴールボール

5人制サッカー

陸上

水泳

柔道

自転車(二人乗りで前に晴眼者、後ろに視覚障害者)

 

視覚障がい者と言っても、その程度は様々です。

視力の程度(全盲~0.1)や視野の程度によってクラス分けがなされます。

クラス分けをするのは、障がい者スポーツ医の中でもパラリンピック級の選手のレベルを判定できる上級の医師たちです。

障がいの部位(視覚や身体、知的)などにより、各種目ともクラス分けがなされています。

個々の障害が競技に及ぼす影響を出来るだけ小さくし、平等に競い合うために必要な制度です。

 

さて、一番気になっていたのは、ゴールボール。

ゴールボールは、視覚障がい者だけが対象で、交互に投球して相手のゴールを狙い、得点を競うスポーツです。

 

院長は、2回、ゴールボール実践体験があり、少し身近に。

まず、視覚障害の程度による不公平をなくすために、アイシェード(真っ黒なゴーグル)をします。

これで、まったく見えなくなります。

選手3人が横並びに位置するのですが、相手がどこにいるか見当がつきません。

鉛の鈴が入っている重さ1.25キロのボールを相手のゴールにシュートします。

ボールがガードされれば得点にならず。

ガードをくぐり、狙い通りにゴールに入ると得点が取られます。

暗闇の中で歩く、ボールを投げる(というより重いので転がす)…

音のするボールが向かってくるのはわかっても、正しい方向は?ガードするためにどの位置に向かっていけばよい?足取りも及び腰…

わずかな体験なのに、ぐったりの院長でした。

 

さて、実際の試合をテレビで見てみると…

投球の時点で、まったく違います。

体験の時は、選手はもう少しゆっくり投球していたと記憶していますが、勝負をかけた本番は全然違います。

ぐるっと回転させソフトボール投げ+砲丸投げも混じっているような投げ方(院長表現下手)で、すごい速さでバウンドして相手のゴールに飛んでいきます。

スピンの効いた時速60キロ程度ともいわれる重いボールをガードできるのは、圧巻です。

聴覚と触覚を研ぎ澄ますことで、ボールの軌跡や他選手の動きが分かるのでしょうか。

 

他の競技も見ましたが、障がいを克服して何かを成し遂げるのは大変なことです。

日常生活でさえハンディがあるのに、ましてやパラリンピックに出場など想像を絶するものがあります。

障がいを克服(残存機能・他機能を生かす・代替する、補装具を使う)して、健常人でさえ成し遂げられないスポーツの頂点に立ったパラアスリート。

 

パラリンピックを詳しく知り、大きな興味と知識を持って観戦できたことは、障害者スポーツ医として最初のステップ。

今後は、地域の障がい者スポーツの普及・指導に関わっていきたいです。

 

※関連記事もお読みください

→2020.3.3 障がい者スポーツ医

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2021.8.17  法話有り難き

田舎育ちの院長は、小学校の時は、子供会活動として、週末地元のお寺にお経を習いに行っていました。

6年間毎週お寺に通い、家でも祖母や父母がお経をあげているのを聞いていれば、自然に暗記してしまうもの。

今でも、実家の宗派のお経はすらすら読めます。

院長の住んでいた地域は、恐らく集落全てが同一宗派のため、慣習的にお経を習いに行ったのだと思います。

お稽古が終わると、お供えのお菓子が分けられ、持ち帰ると、家の仏壇に再度お供えしてからいただきます。

6年生になると、お供えのお菓子を自分たちで決めて買ってこられるのも楽しかった思い出です。

お寺さんのお話は、子ども心に信心の気持ちを芽生えさせました。

花まつりから始まり、除夜の鐘つきなど、お寺はとても身近なものでした。

 

医学を学び医師になり、結婚して都会(名古屋です)に住んでいる今、宗教心はほぼ欠落してしまった院長。

それでも、お寺で法話を聞くのは好きです。

 

一度は行ってみたかった(ミーハーです)比叡山で、法話を聴く機会を得ました。

 

比叡山は最澄が延暦寺を創建。

以来、多くの名僧が、比叡山で修行して宗祖となられています。

今回、法話をいただくのは、大阿闍梨(おおあじゃり)様。

千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)を達成された僧です。

これは、比叡山で行われる、千日間にわたる最も過酷な修行です。

比叡山の峰をめぐって、約270か所以上ある場所に礼拝を続けます。

千日で歩く距離は、地球約1周分とほぼ同じ。

700日を終えると、9日間の断食・断水・不眠・不臥の命がけの修業に臨みます。

千日回峰行を達成した僧は大行満(だいぎょうまん)と呼ばれます。

 

その大行満を終えられた大阿闍梨様の法話。

 

お坊さんと言うと、高齢(自分より年上)を想像していましたが、登壇されたのは、46歳の大阿闍梨様。

15歳で仏門に入り2009年に千日回峰行を満行、大阿闍梨になられたそう。

まず、仏門への始まりから、千日回峰行を達成するまでを話してくださいました。

空腹には、割とすぐに慣れるそうです。

断水・不眠・不臥が続き、無心になっていく、感性が鋭くなっていく、体力だけでなく精神力の行…

余計なことを考える必要はなく、念じるのみ。

 

9日間の断食では、体重が12キロ減少したそう。

断食期間の3倍をかけて元に戻すそうです。

体重は戻っても、筋力までは戻らないという言葉は印象的(仏教に関係ないですが)。

 

やり遂げたという自信も必要だが、謙虚さを忘れないようにと心がけている。

行をさせてもらったことで、いろいろ経験させてもらい、そこから課題をいただき克服していく。

行を満行したといっても、その意味では、行は一生かけて続いていくのです。

 

俗世の私たちにとっては、想像もつかない偉業です。

でも法話のお話は、日々の自身の仕事(院長なら行=医師・医学)に置き換えることもできます。

 

有難い法話を聴いて、心が浄化されました。

 

お堂では、ふすまに入る陽の加減や遠く山裾のびわ湖岸を走る特急サンダーバードの音で時刻を推定した(非常に聴覚が鋭くなるそうです)という大阿闍梨様。

サンダーバードに乗りたいな~

大好きな阿闍梨餅を食べながら、時刻表をめくる、どっぷり俗世の院長です。

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2021.8.3 二桁の人

電子カルテになり、来院患者は、診察券番号・氏名・年齢ともに一覧で確認できるようになりました。

診察室のパソコンで、本日の混み具合や検査の進行具合などがわかります。

診察券番号の付け方は、病院やクリニックによって違いはありますが、来院順に付けることが多いと思います。

 

ある日、2桁番号の患者さんが。

ちょっと年季が入っている当院としては、非常に珍しいことです。

1桁は開院当日に来院。

1番から9番までしかありません。

数人は知人だし、一回きりの受診患者さんもいるし、緑内障で長く診ていた患者さんも数年前鬼籍に入られました。

2桁も同じく開院当日か翌日。

10番から99番が該当します。

○○A子さん…誰?

 

『○○A子さん、お入りください』

赤ちゃんを背負い、2歳くらいの男の子を連れた眼鏡をかけた女性が入室。

この顔、見覚えが…

『もしかして、△△(旧姓)A子ちゃん?』

『そうです。お久しぶりです。覚えてくれてましたか?』

やっぱり。

A子ちゃんは視力検査で来院した小学校低学年の女の子でした。

不同視(左右の度数の差が大きい)と乱視があることが分かり、弱視訓練を開始しした患者さんです。

眼鏡を常用することから始めました。

左右の度の差は縮まらなかったものの、最終的に両眼とも眼鏡で矯正視力が出るようになりました。

目の前の女性は成人した素敵な女性ですが、小学生のA子ちゃんも重なっています。

 

近況を聞くと、現在は関東在住とのこと。

『ちょうど、実家に帰ってきたので。定期検診と気になることもあったので、診てもらいに来ました』

『お母さんはお元気?』(お母さんの顔も浮かびます)

 

患者さんには失礼ですが、こうした再会は、患者さんからもらう、クリニックを続けるモチベーションアップとなるプレゼントです。

 

 

2桁の患者さんのひとり、Bさんからは、時々往診の依頼があります。

眼脂や、目の周りのただれなどで。

Bさんは90歳超。

残念なことに、認知症進行により、もう院長どころか、家族のことも施設の人のことも覚えていません。

診察券番号は、2桁前半。

受診された当時は60代でした。

施設入居された頃から、人の顔も物事もどんどん忘れられ…しかし、当時Bさんと交わした、いくらかの会話は、確実に院長には記憶されています。

 

 

2桁の人も、一回限りの患者さん、鬼籍に入られた患者さん、転居された患者さんなど、色々いらっしゃると思います。

ただ、開院当日と翌日の患者さんだけに、感慨深いものがあります。

 

 

記念日当日を覚えているのは、子どもの誕生日、自身の結婚式。

そして、院長にとっては開院日です。

周年が来るたびに、院長・スタッフ・患者さんとで築き上げてきたのだと実感します。

お店でも会社でも、何かをやり始めた当人は、その日は特別なんだと思います。

24年前の夏の日もセミがジージー鳴いていました。

A子ちゃんのように、5か月の次男をおぶり、2歳目前の長男の手を引く若いお母さんでした。

開業で、生活は一転。

育児より仕事優先、勉強優先。

でも、育児は待ってくれない。

今ほど筋肉はないが、日々を乗り切る体力。

今ほど知識・技術はないが、患者さんの症例から勉強させてもらう貪欲さ。

若さゆえの勢い。

 

来年の25周年に向かって、少しでも地域医療に貢献できるよう、初心忘れず、診療に励みたいと思います。

引き続きよろしくお願いいたします。

 

 

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2021.7.27 朝から見とれる

休日の朝、何やら活気ある若い衆の声。

カンカン、ガチャン、金属音が聞こえます。

何事?

ベランダから身を乗り出すと、近所のマンションの足場の解体でした。

ふた月ほど、修繕工事なのか、黒い網で覆われていたマンション。

住人は、毎日さぞかし暗いだろうね~

ちっとも工事が終わらない様子に、時々我が家の食卓に上る話題でした。

 

マンションは5階建て。

上から下まで7人のとび職人が、金属の棒や板を順々に手渡しし、下げていきます。

『ハイよ!』

『オーライ!』

『ヘーイ!』

聞こえてきた声は、手渡し時の掛け言葉。

命綱なしで、軽快にテンポよく作業が進んでいきます。

一番下まで降りてきた棒や板は、数本または数枚重ねて運び出す人がいます。

機械仕掛けの人形みたい!

見事な連携プレーは、一連の無駄のない美しい連続の動き。

思わず見とれてしまう院長です。

 

気が付くと20分余り。

見ると、マンション傍にも、見上げている人が。

あの人もきっと感動して、つい見てしまったのね~

 

足場の組み立ては、とび職の主要な作業内容の一つです。

足場の組み立て解体作業には、労働安全衛生法に基づいた特別教育を受けた者しか従事できません。

また、5メートル以上の足場の組み立て解体作業には、足場組み立て等作業主任者を選任しないといけません。

建設業の死亡労働災害の原因第一位は転落ですが、足場からの転落が多いのが特徴です。

 

産業医の勉強をして、かじった知識です。

建設業の産業医になったら、またまた、もっと勉強することがありそうです。

 

世の中には、たくさん仕事があって、どれも、適正と訓練を要します。

とび職の人たちの掛け声と一連の動きが美しいのも、熟練の技だからこそ。

 

 

どの仕事も、熟練されてくると、一連の動き・所作が美しくなります。

医師も、経験により、診療手順や手術手技は、無駄がなくなって洗練されていきます。

 

まだ慣れていないひよこスタッフが、眼底写真を左眼→右眼で送信してくることがあります。

電子カルテ上の並び方の違いだけですが、眼科医(院長)としては、右眼→左眼で送信、添付するよう伝えます。

カルテの画像の並びも整列されていると美しい。

病名も、屈折(目の前面)から奥に向かって付けていく。

そういうこだわりが、どの仕事も熟練していくにつれ、確立され、正確な仕事につながるのだと思います。

 

約1日かかって、マンションの全容が現れました。

住人のほとんどは、足場解体のとび職人には無関心のはず。

人生初のとび職メドレーを目の当たりにした院長。

何か得した気分。

そして、とび職人さんに改めてリスペクトした次第です。

どんな仕事も、必要とされている。

小さなことだけど、コツコツと。

院長の信条です。

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2021.7.13 うその病気

日本眼科学会認定、眼科専門医の更新手続きの案内が届きました。

専門医を取得後、5年間で、学会や講習会への出席・眼科雑誌などの課題提出・書籍の執筆投稿などなど決められた単位を100単位以上取得。

眼科医として従事していること。

これらの条件を満たしていれば、更新手続きに進みます。

通常は5年ごとの更新です。

満期は9月30日なので、5年満期までにあと2か月ありますが、院長はすでに4年で100単位以上を取得しているので、早速更新手続きをする予定です。

 

眼科(大体は大学病院とその関連病院)に5年以上従事し、決められた数以上の症例の報告、手術件数、学会発表、論文発表などを達成し、専門医受験資格が得られます。

5年間眼科医として従事していると、そこそこ診療も手術もできるようになってきます。

しかし、専門医試験には、5年間日常診療だけやっていれば太刀打ちできるかと言うと、そういうものでもなく…

5年目までの臨床医は、日々の診療に追われています。

また、大学病院などの専門施設にいると、必然的に専門分野の患者さんが多くなり、患者さんの病気に偏りが生じます。

眼科専門医試験には、眼科学すべての分野の基礎から応用までが出題されます。

単純に知識として覚えればよい基礎問題から、写真(目の色々な部分や検査結果)を見せられ順に解答していく応用問題まで。

専門医受験が決まると、仕事の合間を縫って、机上の勉強。

医師国家試験以来の机上で集中の勉強です。

 

2日間にわたり、東京で実施されます。

1日目は筆記試験。

2日目は諮問です。

筆記以上の緊張、試験官は大学の教授陣です。

 

1日目はまず大丈夫、と臨んだ2日目。

1問目はもう覚えていませんが、恐らく楽勝。

2問目は、手術の器具を見せられました。

これは、何に使用しますか?

○○の手術の時です。

どのように?

(持って)○○のように。etc 次々と質問、解答が繰り返され、クリア。

3問めは、〇歳男性見えない主訴で来院患者(架空)の情報を渡されます。

視力は右眼○○左眼○○、眼圧右○○左○○

『まず何の検査をしますか?』

『○○です』

答えると、その結果を示されます。

眼底写真を見せられます。

『視野はどうですか?』

視野結果を見せられます。

『○○はどうですか?』

『○○です』

思い浮かぶ病名がどんどん否定されていきます。

主訴と検査結果が合いません。

『患者さんは、見えないから診断書を書いてほしいと言ってるんですがね…』

『すみません、書けません…』(泣きそうになっている…)

『先生(当時若輩の私)、これは詐病の症例です。こういう症例に遭遇することも頭において頑張ってください』

 

詐病とは、経済的または社会的な利益の享受を目的として病気であるかのように偽る詐欺行為です。

見えているのに視覚障害者を装ったり、聞こえているのに聴覚障害者を装ったりして、障害年金の受給などを企む人がいるのです。

 

幸い、現在まで、詐病を疑う患者さんに出会ったことはありませんが、今でも印象に残る最終諮問でした。

 

最終諮問が不出来だったので、落ちた~と、落胆して乗った帰りの新幹線。

考えるうちに泣けてきました。

今までで一番悲しい新幹線です。

 

詐病の診断は出来なかった(見抜けなかった)けれど、無事、眼科専門医試験合格のお知らせ。

そこからが本当の眼科医スタートでした(改めて実感)。

眼科医の道は長~い。

ずっと眼科医一筋といえども、発展途上。

 

専門医の更新のたびに、思い出す最終諮問。

今年も新しい眼科専門医たちが誕生します。

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2021.7.6  若さより老い?

高齢者のワクチン接種も順調で、1回目はもちろん、2回目接種終了後の来院も多いこの頃です。

『先生(院長)はどうだった?』

『私は、2回とも全然問題なかったですけど』

『そう?私、その晩熱出たわ。腕も痛かったし』

『副反応は若い人のほうが多いらしいですから、若いってことですよ!』

『そうかしらね~まあ、そういうことにしとこっか』

日々の診療での一コマです。

一日に何場面もあります。

 

50代院長でも、お姉様オバサン(70代)達とラウンドすれば『若いわね~』

(当然、年下ですから)

自分より下の世代からは『若く見えますね~』

(実年齢より若々しく見えるだけであって、若いわけではない)

十分自覚しているオバサン(院長)です。

でも、言われるとちょっと嬉しい。

 

院長自身、『若い子』『若い』を口にすることが多くなりました。

傷の治りで言うと、眼の表面やまぶたのキズの患者さんは日々来院されますが、40歳未満の患者さんは確実に治りが早いです。

年齢に応じて、治癒までの期間は変わります。

子どものキズは、眼に関わらず、治癒までがとても早い。

『若いから大体〇日くらいで治りますよ』

若いを強調してしまう院長です。

 

眼のパーツだけを見ても、加齢による変化は各部位で見られます。

10代20代のキラキラした眼(眼底も)は、若さゆえ。

そして、『老眼』は加齢を感じさせるターニングポイントです。

自覚するかどうかは別としても、一般には、眼科で検査をすれば、40歳以降老眼(調節力の低下)が出てきます。

若く見えていても、文字を読む距離や暗所での見え方などから、年齢が推定されてしまいます。

院長も当然老眼が出てきています。

近くにピントが合いにくくなった40代の患者さんに『老眼です』と言うと、多くは『ショック~』と返ってきます。

それでも、院長自身が体験しているので、その気持ちは若いころよりずっと共感できるようになっています。

『老眼』と言う状態は眼科学的に知っていても、実体験(院長の加齢)が加わると、更に理解が広がります。

医師が自分の専門の病気をすべて体験することはできませんが、診療の経験と誰もが通る加齢性変化により、患者さんの診療により還元できるものとなっています。

 

『若い』は遠き?過去のちょっとした羨ましさではありますが、しがみつきたいものではありません。

ただ、未熟でも、輝いていると思われるのは若さゆえなのかも。

外見は若々しさには重要な要素ですが、内面もそれ以上に重要だということも、加齢とともに気づかせてくれます。

普段接している年長の患者さんたちや、医師や趣味つながりの先輩たち(10歳以上年上)の信条・生活スタイルは、いつもお手本や目標になります。

 

結局、若さより高齢化(将来)に目が向いている院長です。

 

高齢者の性格特性としてレイチャードの5類型

1.円熟型:過去を後悔せず未来に希望を持つタイプ。寛大。

2.ロッキングチェアー型(依存型):現実を受け入れる。物質的、情緒的な支えを与えてくれる人に頼る傾向。

3:防衛型(装甲型):若い時の活動水準を維持しようとするタイプ。老化を認めない。

4:憤慨型(敵意型):老いに対する不満が他者への攻撃となって現れるタイプ。人生の失敗を人のせいにする。

5:自責型:人生を失敗だったと考えてふさぎ込むタイプ。

 

若さは過去のことですが、老いは未来。

円熟した将来に向けて、小さな積み重ねです。

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2021.6.22 食べながら偲ぶ

所用で豊橋へ。

豊橋市は東三河の中心都市ですが、名古屋市民にはあまり縁のないところ。

名古屋・豊橋間は、新幹線・JR在来線・名鉄が走っています。

今回はあの名物メロディー?の特急に乗りたくなり名鉄一択。

特急は、ビュンビュン速いし、座席もまずまず。

新幹線にはずっと負けますが、ここのところ急行以下の在来線乗車が多いので、特急でもとても新鮮です。

 

さて、豊橋行きが決まった時に、真っ先に浮かんだのはYさん。

Yさんは、当院開院間もない時期からの患者さんでした。

ホテルマンで、オフはバイクで旅するのが趣味の、院長と同年代の男性。

各地へ転勤後も、毎年花粉症の時期になると、名古屋に寄ったついで…(実際にはついでではなく、診療のために)と、顔を見せてくださいました。

 

ある日、新しい名刺を。

○○ホテル…

知らないな…

『豊橋に出来る新しいホテルの立ち上げに関わっているんです。完成したら、ぜひ!』

名刺は引き出しにしまいました。

 

翌年、花粉症の時期にYさんは来院されず。

忙しいのかな?今年は花粉症、他で治療してもらっているのかな?

まぁ、ここまでわざわざ来ることもないしね…

 

ある冬の日。

カルテの患者さんの名前を見てびっくり。

Yさんです。

『お久しぶりです』

『お元気でしたか?ごめんなさい、まだ豊橋に行く機会がなくて…』

一回り小さくなったYさん。

あれ?

『僕、仕事辞めたんです。実は、癌で…実家に帰って療養しています。

今、ちょっと元気になっているんで…でも、もうあまり持たないらしいんです。

今日は、知り合いとかに会うついでに、先生にも…って』

カルテの住所は関東に。

余命少しでも長く…と無言で願うばかりでした。

その時が最後のYさんの受診となりました。

 

そういう理由で、この機会を逃すべきではありません。

豊橋駅前のウエディングも出来る洒落たホテルです。

最上階のレストランでは、窓際の席を案内してもらいました。

遠くに海や山が見えます。

豊橋の街並みも。

眼下の路面電車が、豊橋を象徴しています。

高層の名古屋駅ビルからの光景とは違う、アーバン(urban)とルーラル(rural)が混じっているような温かさ、緩さ。

美味しい料理と景色を楽しみながら、Yさんを偲びました。

ホテルは2008年オープンとのこと。

そんなに歳月が経っていたのです。

 

過去に亡くなられた患者さんたちが、ふとしたことで浮かぶことがあります。

亡くなられたことを家族や施設からの連絡で知るので、まだ(そこそこ)お元気な姿しか思い浮かびません。

故人患者さんのご家族も、当院の患者さんであることが多いので、その背後(背後霊ではなく)に故人患者さんが浮かぶことはよくあります。

息子さん、○○さん(故人)にそっくりになってこられましたよ!

ご主人、奥さんの○○さん(故人)なしでも、元気になられてますよ!

生前、院長との診察室での小さなエピソードも思い出します。

院長の心の中だけで、ひっそりと偲んでいます。

 

駅で、名産のちくわ(CMでお馴染み…と思うのは院長世代)をお土産に。

 

ちょうど急行が来ました。

ホームはまばら。

先頭車両に乗ると…誰もいません。

シートの一番前を陣取り、前方の広い窓から眺めます。

運転士に近い視界で、特等席でした。

名古屋までずっと視線が外せないくらいのワクワク。

 

Yさんを偲ぶ特別な豊橋行きになりました。

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2021.6.1 子ども・子ども・子ども

この時期、受診のお勧め用紙を持って受診される子供さんが増えています。

午前中は成人の方がほとんどですが、午後の待合室は子ども・子ども・子ども。

にぎやかな声が響きます。

 

学校の視力検査は、年に1~2回行われます。

眼科の視力検査ほど細かくはなく、指標をいくつか見せて判読できるかどうか。

Aは1.0以上・Bは1.0未満・Cは0.7未満・Dは0.4未満というおおまかな指標です。

多くの学校では、片眼でもB以下だと用紙を渡します。

 

眼科では、視力だけでなく、屈折(近視・遠視・乱視)検査もします。

小さいお子さん(低学年以下)は、調節力が強いため、屈折値と裸眼視力の相関がない場合もあります。

そういう場合は、近視などと一度で決めつけず、点眼による検査をして、正しい屈折値を確認します。

A相当でも、強い遠視があり、眼鏡装用になる場合もあります。

C相当でも、近視ではなくて、一時的な調節痙攣の場合もあるので、そうした場合は指導をしながら視力回復を待ちます。

今年初めて視力低下の紙をもらった子どもさんでも、検査をすると、おそらく1~2年前から近視になっていたけれど、視力検診で頑張って見ていたのでは…と言う結果になる場合もあります。

個々人によって結果は違いますが、問題なければそれでOK ですし、問題あれば対処します。

用紙をもらったら受診する!その行為がとても大切です。

 

時々、『こんなに近視が強いのに生活に支障なかったの?』と聞くことがあります。

多くは、男子中・高校生。

近視は、急に見にくくなるわけではないので、相当困らないと親に訴えなくなります。

保護者に視力や近視の程度をお話しするとびっくり!

『そんなに見えてなかったの!?』

『まぁ…』

診察室でのやり取り。

このくらいの年齢になると、親に話すのも聞かれるのも嫌なので、子どもの眼の状態も親は意外に知りません。

定期的に眼科を受診する(もしくは連れてくる)ように、保護者にお話しておきます。

自身の経験上、思春期の息子は秘密主義になってきます(残念ながら娘については未知です)。

でも、成人までは、保護者の管理下で健康な視力生活を送れるようフォローしてください。

 

まだほとんど意思疎通の出来ない子どもも多い当院です。

赤ちゃんの多くはめやにで受診されます。

小児の場合、肺炎球菌やインフルエンザ桿菌による細菌性結膜炎が多いのですが、治りも早いです。

子どもはよく結膜炎になります。

『そんなに何回も結膜炎になって大丈夫ですか?』と聞かれますが、何回も細菌感染をして、人間の身体は抵抗力をつけていきます。

 

3歳児健診で視力検査がうまくできなくて…と来院される小さな患者さん。

その子の性格や発育状況もあります。

1回でできなくても、焦る必要のない場合もあれば、急いで精密検査をしたほうが良い場合もあります。

概して未就学児は、飽き性です。

特に疲れているとき、お腹が空いているときには視力検査に協力してくれません。

お昼寝中の小さな患者さんは、手持ち細隙灯で診察しても寝たままで気が付かないこともあります。

 

開業時は、息子たちも小さくて、小学生でも大きな患者さんに見えましたが、今では10代までの患者さんはみんな小さな可愛い(失礼ながら)患者さんです。

小学生から中学生、中学生から高校生、高校生から大学生(この時期みんなすごく格好良く、綺麗になります)への成長を見られるのは楽しみです。

子ども・子ども・子ども…この時期の当院の光景です。

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2021.3.30 桜サクラさくら

新卒採用予定のスタッフから『国試(国家試験)合格しました!』と嬉しい報告。

現代は、ネットで瞬時に確認できます。

電報なら『サクラサク』だわ~と変換してしまう昭和の院長です。

『おめでとう!』

資格を得たここからがスタートです。

 

近年は、医療系国家試験の日程・合格発表ともに年度内に終わりますが、院長の時代は4月の初めに試験、5月に発表でした。

学校総出でバスにて母校を出発。

市内のホテルに宿泊し、某大学が試験会場でした。

2日間やり切って外へ出ると、雨の中、満開の桜。

桜、咲いてたんだ…

そして1か月後、無事『サクラサク』

医師免許証を手にしました。

これはほんのスタート地点で、起伏に富んだその後の30年が待っているとも知らず…

 

院長は、医師免許を取得して丸30年になりました。

 

30年働き続ける…医師免許を取ったばかりの新米医師には想像がつかないくらい先の事でした。

大学病院で30年働いている身近?な人は教授レベル。

同じ医局員と言えども、雲の上の人でした。

 

院長が医学生・新米医師だった頃や、それ以前の女性医師の働き方は、ALL OR NONE。

フルに働くか、まったく働かないか。

多様性(ダイバーシティ)の言葉がない頃です。

決断を迫られたのは、結婚出産に伴い、医局の関連病院がない地域に転居したとき。

ALLとNONEの中間の働き方がなかった(見つからなかった)時、決断したのはALL。

それが開業に繋がります。

 

3人の息子の産休(三男の時は開業後だったので産前0日産後7日のみ)・他諸々を合わせても、1年には到底満たないので、同世代の男性とほぼ同様に30年間、医師として働き続けたことになります。

自身の能力は秀でていませんが、患者さん個々に応じた対話と、細隙灯顕微鏡や倒像鏡(いずれも眼を診察する機器)を駆使した診療を30年間続けてきたことは、今では根拠のある自信となりました。

日々の勉強、知識の習得に加え、技術は実践・鍛錬しないと上達しません。

また、仕事を続けるにあたっては、興味と関心はとても重要だと思います。

クリニック裏の扇川沿いの細い若木で植えられた桜も、今では立派な桜並木になっています。

 

新卒の2人のヒヨコ視能訓練士に贈る言葉でもあります。

 

小さなクリニックながら、新年度から視能訓練士は5名と言う贅沢な人員配置です。

診療に当たり、迅速で正確な検査を担ってくれます。

良きスタッフたちと、最新の機器に囲まれて、院長もまだまだ頑張ります。

ここからの30年後も想像はつかないですが、どんな風であれ働けていたら最高です。

 

3月後半になり、進学や就職などでコンタクトレンズデビューの患者さんも増えてきました。

ほとんどが、幼児や小学生の頃からの来院歴のある患者さんです。

『おめでとう!』

『大きくなられましたね~』お母さんと小さい頃を懐かしむことも。

患者さんの背景やエピソードも院長の脳内に記録されています。

みんなの診療が眼科医としての経験を積ませてくれたんだよ…と思う院長です。

 

さて、4月から、ユニフォームを一新。

クリニックのイメージカラーに合わせて、華やかなチェリーピンクです(今までは桜色)。

イギリスのデザイナーズブランドで、院長の白衣も同ブランドです。

ちょっとオシャレに、スタッフのユニフォームとリンクコーデ。

来院されたら、ぜひファッションチェックも楽しんでください。

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2021.3.9 眼科もポリファーマシー

患者さんのお薬手帳を確認すると、薬の多いことにびっくりすることがあります。

お薬は、高齢になるほど、増える傾向にあります。

病気の種類が増えるからです。

それぞれの病気に対して、複数の種類の内服薬が処方されます。

都内の75歳以上の通院高齢者を対象に調査したところ、5種類以上の薬を処方された人は64%でした(東京都健康長寿医療センター研究所)。

眼科の患者さんでも、掌にいっぱいになるほどの量を毎回飲んでおられる方がいます。

『薬だけでお腹いっぱいになるわ~』

確かに…

 

多くの薬を併用することで、同じような薬が重複していたり、薬物間の相互作用で副作用がでたりと、身体に悪影響が出ることを『ポリファーマシー』と言います。

高齢になると、認知機能の衰えで、薬をきちんと内服できなかったり、薬の代謝分解機能の低下から、最近は多剤併用の見直しが注目されています。

医師・薬剤師・患者さんの相互理解があって、減薬が実現するのですが、減薬しても老人ホーム入居者の認知機能は維持できたとの報告もあります。

 

眼科でもっぱら処方するのは点眼薬です。

眼科でも、時に、驚くような多剤点眼薬が処方されていることがあります。

 

以前、往診を頼まれた施設入居の認知症の患者さん。

出されていた点眼薬は、抗生剤、炎症を抑えるステロイド剤、炎症を抑える非ステロイド剤、ドライアイの点眼薬2種、眼精疲労の点眼薬2種。

患者さんは、白内障の手術をした後、施設を転々とされていたようで、施設前医からの申し送りのごとく何年も同じ点眼薬を処方されていました。

当の患者さんは、自分がいつ白内障の手術を受けたかも記憶にないくらい。

スタッフは、7種類の点眼薬を、忙しい介護の合間にさしていました。

一日に何種類も何回もさすので、眼瞼は荒れ、めやにも出ていました。

同じ抗生剤を何年も使用していたので、耐性菌(抗生剤に効かない細菌)の有無を確認。

検出された細菌にターゲットを当てた別の抗生剤の点眼薬を処方し、他の点眼薬は全て中止。

すっかり治癒しました。

その後、点眼薬は使用しなくても特に問題は起きていません。

餅は餅屋、目は眼科に!

 

点眼薬をしっかり効果的にさせるのは3剤まで、と考えられています。

点眼薬と点眼薬の間は5分以上空けるのが望ましいので、2剤でも、うっかりしていると忘れてしまうことがあります。

また、種類が多くなることで、薬剤によるアレルギーを起こしたり、まぶたの荒れを起こしやすくなります。

 

緑内障の点眼薬も、進行の程度によっては、多剤併用になっていきます。

しかも、長期にわたり、点眼するので、合併症も出やすくなります。

現役世代も多いので、点眼と点眼の間をしっかり空けると、けっこうな仕事になってしまいます。

そこで、近年では、次々と合剤(2成分が1本に混入)が主流になってきました。

現在では、緑内障点眼薬の主要5成分が3本でカバーできます。

 

多剤併用は、他の病気にも当てはまります。

気になることを一度にカバーしようとすると、何種類もの点眼薬が必要になります。

優先順位をつけて、点眼薬の種類を決めるべきだと考えています。

眼科医の処方する点眼薬は、頓服みたいな何か起こった時だけの指示のものは原則ありません。

1日何回を継続してこそ効果の出るものばかりです。

 

最小の薬で最大の効果を!

最低の眼鏡(コンタクト)度で最高の視力を!

最高のコンディションで最高のパフォーマンスを!

当院のモットーです。

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