2020.3.10 スワンがネズミ

東京の勉強会が終了、会場を後にする時にふと浮かんだのは『シュークリーム』

その時、浮かんだA店のシュークリームは、はるか昔の憧憬から呼び起こされたもの。

 

スマホを検索して、場所を確認。

会場から東京駅のほぼ直線上にありました。

電話をすると…出ない。

もう一度電話しても出ない…。

不定休とあるから、休業日?

でも、日曜だし?(普通、ケーキ屋さんって日曜日営業だよね?)

3度目の正直でかけ直すと、長い呼び出し音の後に受信。

『あの~スワンのシュークリームありますか?』

『あと、一つだけあります』

『予約したいのですが。スワンのシュークリームひとつだけ。今○○(地名)なので、すぐ向かいます』

 

スワンのシュークリームは、名の通り、スワン(白鳥)の形をしたシュークリームです。

お菓子作りに夢中になった院長10代の頃に、雑誌で紹介されていたシュークリーム。

『東京』のA店の気品あふれる『スワンのシュークリーム』の写真は、その当時、田舎の小娘にとっては非常に憧れのお菓子として目に焼き付いたのでした。

自分で何回か作ったシュークリームは、素人ゆえの技量のせいか、野暮ったいものでした。

 

会場から地下鉄を乗り換え、探していたのでは、時間が読めません。

この際、タクシーに乗って、住所を伝えます。

お店の前で停車してもらい、はやる心でお店に入ります。

先客が一人、会計中。

『先ほど、お電話した、スワンのシュークリームの長谷川です』

あれ?ショーケースにスワンが一羽。

これは、他のお客さんの予約用?

店員さんは、もう閉じられた箱を持ってきて『会計お願いします』

電話で値段は聞かなかったけれど、ひとつ450円(税別)。

お高い!?が、これって東京価格?

 

さて、ウキウキで新幹線に乗り込みます。

列車が動き出してから、ホットコーヒーとともに、ティータイム。

忘れていたのに、急に思い出して何十年前に憧れたお菓子とご対面!

箱を開けると…

ネズミの形をしたシュークリームが!

『えっ?何?』

呆気にとられるって、こういうこと!?

 

頂点に達した期待が、奈落の底へ。

 

店員が、スワンとネズミを間違えて?箱に入れてしまい、間違いのまま客(院長)の手に渡ってしまいました。

一般的に、ケーキ屋さんでは、客に購入予定のケーキを見せて『○○ケーキ〇個、○○ケーキ〇個…以上でよろしいでしょうか?』と確認させるのに、このお店ではありませんでした。

もう新幹線の車中。

今更、返品交換にも行けないし。

スワン・スワン・スワン…と思って食べよう!

でも、ネズミがスワンになりません。

 

外見も中身も違います。

美味しいには違いないけれど…

 

東京出張最後のお楽しみだったのに…

しばらく根に持ちそうな、残念なティータイムでした。

カテゴリー:公センセの日常の出来事

2020.3.3 障がい者スポーツ医

今年はオリンピックの年です。

そして…パラリンピックの年!

障害を持っても、尚、各種スポーツで頂点を目指すスポーツマンの祭典です。

 

『健康スポーツ医』

『視覚障がい者用補装具適合判定医』を持つ院長。

この流れから、次なるものは…と、『障がい者スポーツ医』の資格取得の講習会を受けてきました。

 

『障がい者スポーツ医』は、障がい者のスポーツ・レクリエーション活動に必要な医学的管理・指導・支援する立場にあります。

パラリンピック競技チームの帯同に必要な資格でもあります。

また、全国障がい者スポーツ大会の帯同も。

 

『障がい者スポーツ』と言っても、障がいの部位によって特性も大きく違います。

 

全国障がい者スポーツ大会では…

身体障がい・知的障がい・精神障がいに大きく区分されています。

さらに、身体障がいは、肢体不自由・視覚障がい・聴覚障がい・内部障がい(呼吸器・心臓・消化器・腎臓など内科系)に区分されています。

各障がいごとに、その原因や病態・スポーツをするにあたっての医学的特性や留意すべき点などを、学びました。

自分の専門科目については、かなり熟知していますが、それでもスポーツ指導となると大変難しい…

専門外の科目については、はるか昔の学生時代の上書き保存。

連日ハードなカリキュラムでしたが、非常に新鮮でした。

 

『ゴールボール』と『車椅子バスケ』の体験実習もありました。

 

『ゴールボール』は視覚障がい者のスポーツです。

アイシェード(目隠しのゴーグル)をして、音の出るボールを転がし、ゴールを狙います。

1チーム3名制です。

指導してくれる選手たちの自己紹介では、『生まれつき見えなくて…』『〇歳くらいで見えなくなって…今は、視野がこんな感じです』など多様な症状。

話を聞いて、きっとこの病気なのだ…と推測できるのは眼科医ならでは。

ゴールボールは、昨年の眼科学会での体験があるので、要領はわかるものの、真っ暗の世界は不安でいっぱい。

相手への声掛け、自分がどう行動するかなど、声での意思疎通のみになります。

 

『車椅子バスケ』は、その名の通り、車椅子でプレイするバスケです。

通常の車椅子ではなく、バスケ用の特注です。

ハの字に車輪が傾き、非常に軽量、スピードも出ます。

ぶつかってもガードがあるので安全です。

まず車椅子で自由自在に動く練習をします。

いかに腕で上手く漕ぐかが、速さの秘訣です。

 

にわかチーム(受講医師たち)に2名の選手が加わり、いきなり対戦。

選手たちのスピードの速いこと、速いこと。

もたついているその他大勢は置いて行かれ、早々とボールをドリブルしてゴール下へ。

受講生たちにボールをパス、シュートするチャンスをくれるのですが、車椅子からゴールにシュートするのは、困難極まります。

チャンスは与えられても、ちっとも届かない…

車椅子バスケは、脊髄損傷の人が多いので、下肢に力が入らす、上肢・腕の力が必要になります。

女子だと、ゴールシュートできるまでに1年くらいかかるそうです。

肢体不自由になって、初めてバスケを始めた人がほとんどだと聞き、驚きでした。

 

パラリンピック開催の目的は

『できない』ことに着目するのではなく『どうすればできるか』の視点に立って創意工夫すれば可能性が広がることを気づかせ、社会を変えること。

 

車椅子陸上競技選手のハインツ・フライ選手の言葉

『健常者はスポーツをした方がよい。障害者はスポーツをしなくてはならない』

 

リオ2016 パラリンピック 『Yes,I can』

YouTubeで検索してください。

きっと世界が広がります。

 

こうした小さなことから『障がい者スポーツ医』として働きかけていきます。

 

こちらもぜひ、ご覧ください

始めなければ始まらない

キャッシュレス、キーレス

日本眼科学会総会のあとの暗闇

カテゴリー:公センセの想い 眼に関すること

2020.2.25  名古屋市もの忘れ検診

院長は眼科専門医ですが、『名古屋市もの忘れ相談医』でもあります。

スタッフも講習を受けて『認知症サポーター』です。

眼科はせ川こうクリニックは『認知症の方にやさしい店』に指定されています。

当院では、患者さんと会話の多いクリニックゆえか、眼科診療中の会話の中で『あれ?』と『認知症』を疑うとスクリーニング検査をし、『認知症サポート医・専門医』に繋げています。

『認知症』も軽度だと、簡単な会話は成立するので、既に内科にかかっていても、気付かれないこともあります。

 

今年度から、『名古屋市もの忘れ検診』が始まっています。

当院も実施医療機関です。

 

検診に関連して、国立長寿医療研究センターの先生から認知症の講義を受けてきました。

 

認知症に大きく関与しているのは…

中年期では、高血圧・肥満・聴力障害

高齢期(60歳~)では、うつ・糖尿病・運動不足・社会孤立・喫煙だそうです。

 

中年期の肥満は発症リスクを上げるけれど、高齢期にはやや太っている(ぽっちゃり)の方がリスクを下げます。

また、やせ(BMI<20)もリスクを上げます。

高齢期には、無理に痩せてはいけません。

体重減少と認知症も相関ありです。

 

糖尿病は認知症発症のリスクを上げますが、糖尿病性網膜症(眼底に出血など起こる)など末梢血管の循環が悪くなると、さらにリスクが高まるとのこと。

眼科と認知症もリンクしています。

 

喫煙もリスクありなので、禁煙をお勧めします。

喫煙は、眼科の病気(加齢性黄斑変性症など)を含め、ほとんどの慢性の病気のリスクになっていますが。

 

運動習慣も大事です。

推奨は1日60分ほど、1週間に3~4回、中~強度の強さで続行すること(体力のない人、機能の衰えがある人はこの限りでない)。

有酸素運動、筋トレ、太極拳(体幹を使う)などの運動が有効です。

 

あとは、社会との繋がり。

繋がりの大きさは関係なく、外部社会に参画することが重要。

 

内容は、どれも、スタディ(研究)に基づいた事実や仮説であり、非常に興味深い内容でした。

眼科以外の勉強は、いつもリフレッシュ出来て楽しい!と思うのは院長だけ?(もちろん眼科の勉強も楽しいですが)

 

人生100年時代。

現在95歳以上だと、女性の4人に3人、男性の4人に1人が認知症です。

誰もが、なり得る認知症だからこそ、発症リスクを抑える努力(予防)をしたり、早期発見・治療に主眼が置かれてきています。

認知症になったとしても、社会生活に支障を及ぼさずに、天寿を全うする。

これが、今の認知症治療の目標です。

 

認知症の患者さんを、目の病気の依頼で往診します。

認知症の程度も様々、認知症の進行具合も様々です。

 

『名古屋市もの忘れ検診』は、1年に一回受けられます。

65歳以上で認知症と診断されていない市民が対象です。

受付にお申し出ください。

 

まだ若い(と言っても中年…)院長は、今のうちに、リスク軽減に努めたいと思います。

カテゴリー:クリニックに関すること 眼に関すること

2020.2.18 ずっこけ体験

『吉本新喜劇』が大好きな院長。

テレビ放送は欠かさず。

俳優さんがクローズアップされて見られるところは、テレビの良い点ですが、年に何回は生の舞台を見たくなるもの。

『なんばグランド花月』(大阪)は、とても有名なので人もすごい。

そのため、以前スタッフとの旅行で、偶然にも最前列を取れた時を除き、良い席はなかなか入手困難です。

穴場が『祇園花月』(京都)。

『なんばグランド花月』に比べると、知名度は低いのですが、新喜劇も芸人さんも、同様に出演します。

いい席が取りたい!と思ったら、自分の都合の良い日、演目・出演芸人さんを考慮して作戦を立てます。

今回は、最前列ゲット!

 

いつものテーマ音楽が流れ、新喜劇が始まりました。

生の迫力と、アドリブの多発で笑える!笑える!

少なくとも、最前列組は、隣も、隣も大笑いです。

いつも決まったストーリーだからか、『安心して笑える笑い』。

 

舞台は盛況のうちに終わり、舞台あいさつの後は…

『恒例のずっこけ体験、挑戦者を発表します!』

『ずっこけ』とは、ある役者の決め台詞に、他の役者たちが『おっとっとっと!』と、コケる真似をすること。

祇園花月では、新喜劇の後、応募者の中から5人選ばれ、舞台で体験をすることが出来ます。

『〇県からお越しの〇の〇番席の○○さん!』という風に呼ばれ、該当者は、舞台に上がります。

名前は、実名でも、ニックネームでも可です。

 

オジサン・お兄さん・オジサンと続き…

『愛知県からお越しの〇の〇番席のあんこうさん!』(『あんこう』は当院のマスコットキャラクターです)

えー!?当たったの!?

今まで、『いいな~』と思いつつも、応募する勇気のなかった院長ですが、今回は思い切って応募用紙を投函していたのでした。

きっと当たらないだろうし…なんて。

最後の一人は、5歳くらいの男の子。

 

役者さんに囲まれて、5人で舞台に立ちます。

ずっこけるのも、もちろんコツがあって、上手くやらないと怪我をするそう。

まずは、お手本。

トコトコと『みどりさん』が登場して『おじゃま・ぱじゃま』

すると、『太一郎さん』と『直子ちゃん』がずっこけ。

男性は、前のめりで、おっととっとっと。

でも本当に転んではいけません。

女性は、横すわりになるようにお尻から床に滑り込みます。

スカートの中が見えないように。

お手本は見ているだけでよかったのに、舞い上がってしまった院長は一緒にやってしまい、『お姉さん、気ぃ早いで~』と言われてしまいました。

5人そろって本番。

『おじゃま・ぱじゃま』のセリフでずっこけ。

舞台の上で大きな拍手をもらい、気分は上々。

 

さらに、3名、リーダーの直筆サインをもらえる、半券の抽選会に当たりました。

リーダーのサインに加え『ありがとうございました。』『ドリルすな!』(誰か分かりますか?)

 

帰宅後、家族の前で『ずっこけ』お披露目。

何回かやっているうちに、だんだん上手くなった気に…

それを見て、息子。

『母さん、血管どっか切れとるんちゃう?』

『血管切れるのは、あんた(息子)の前だけや!』

 

※こちらもご覧ください

「みんなで大阪」

「あり得る・あり得ない」

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの日常の出来事

2020.2.4  本の断捨離

思い立ち、本の整理をすることにしました。

昨年のある一件を機に、書店に行けば本を買う習慣(意欲)が減退。

しかし、昔読んだ外国文学&文豪推理小説を旅のお伴としたところ…意外に頁は進み、『そうだったのね~なるほどね~』という新しい発見も出来たのでした。

数巻ある外国文学の続きは、なかなか進まないのですが、以前読んだ時よりは、難解ではなくなっているよう(2回目だから?)。

昔、息子が入院中のベッドサイドで集中して読み切った本、学会出張時の往復で読み切った本など、どれも集中力MAXだった頃の思い出の本達です。

 

『本は10冊同時に読め』の本をお手本に、併読もしてかなりの読書をした頃。

しかし、45歳を過ぎたあたりから、目の疲れ(老眼)や集中力の低下、身近なスマホに手が伸びてしまい、読書量が減っているのを実感します。

 

約10年前にリフォームしたときに、ずいぶん本は手放したのですが、それでも残した本と新たな本で増加の一途。

いつか読むかも!?はないのだと、思うこの頃。

今以上に、集中力が上がり、視力が良くなり…なんてことはないはず。

『絶対に再読する(つもり)』の決意があるかどうかで、断捨離開始。

 

30~40代前半に購入したジャンルで多いのは、自己啓発書。

理想に燃えつつも、現実に直面し、昔流行った『自分探し』をしていた時代。

取り入れる部分もたくさんあり、メモ書きしたり付箋を貼ったりしたけれど、今はもう必要なし。

『自分は自分』としての割り切りと、『自分の強み』に目を向ける自己肯定感で生活すればいいと思えるように(欠点には目をつむる勇気も)。

あの頃の自分には想像もつかなかった…

古典の名著だけ残して処分。

 

新書は気軽にどんどん買っていましたが、トレンドがある中で、残しておきたいものはほぼゼロに。

ノンフィクションもその時々の真実の追及に衝撃を受けましたが、それを思い出に、処分。

 

小説は、今も好きな作家作品、残しておきたい同じジャンル以外の作品は処分。

娯楽的な小説は、その時の話題性はあっても、さようなら~

 

古典・近代の本は、なかなか処分できません。

だからこそ、名著なのね。

 

私(院長)の一部を作った本達。

かなりかなりスリム化するには、時には苦渋の決断も。

 

処分することになった本の山々。

さて、どうしようか…

さすがに廃品回収に出すのは忍びない。

古本屋に持っていくのも…かなりの重労働。

 

 

そんな折、知ったのは…

古本買取業者から箱が送られてきて、古本を入れて送り返すと査定。

その査定額を、そのまま、ある団体に寄付できるシステム。

早速、送られてきた段ボールに本を詰め込み、返送しました。

 

すっきりとした書棚。

といっても、ゆうに800冊は残っているけれど…

また新しい本も買うだろうし…

もう一度読みたいジャンルも。

人生後半、本棚の本を完・再読できるよう、スロースピードですが、少々アクセル踏み込みます。

カテゴリー:公センセの想い 公センセの日常の出来事

2020.1.28 花粉と初期療法

1月も下旬、あっという間に2月です。

 

『そろそろスギ花粉症の時期なので…』と、点眼や内服を希望される患者さんが増えてきました。

『また、次のシーズン前に来院してくださいね』の院長の指示に、毎年この時期に来院(再会)される律儀な患者さんも。

 

『初期療法』という言葉が浸透してきたように思います。

『初期療法』とは、花粉の本格飛散開始の約2週間前から、抗アレルギー点眼薬や内服を開始する治療法のことです。

症状の発症を遅らせ(自覚症状が出にくくなる)、花粉飛散ピーク時の症状も軽減させると言われています。

 

眼科雑誌に、ちょうどアレルギー性結膜炎の予防投与の論文がありました。

 

初期療法のメカニズムには3つ考えられていて…

 

①本格飛散の前から少しずつ花粉は飛んでいるので、自覚症状(かゆみなど)はなくても、局所では炎症が起こっている可能性がある。

無症状だけど、水面下で炎症が起こっている状態を早めに抑えることで、本格飛散時の炎症を抑えられる。

 

②アレルギー反応は一度起こると、肥満細胞の脱顆粒(医学用語。俗にいう肥満とは無関係)により激しいかゆみが引き起こされる。

続いて、炎症細胞が動員され、ドミノ倒し的にかゆみが増加。

掻くことで目の表面のバリア機能も低下し、少し(10分の1から100分の1)の抗原(花粉)でも反応を起こしやすくなってしまう。

掻かないようになることで、アレルギー反応のドミノ倒しが起こらないようにする。

 

③抗ヒスタミン点眼薬は、かゆみに即効性があるので、近年処方されている(当院も処方しています)。

インバースアゴニスト活性の高い(医学用語)抗ヒスタミン点眼薬をさすことで、ヒスタミンH1受容体の数を減らし、かゆみを感じにくくすると考えられる。

 

実際、初期療法開始グループと通常療法(飛散してから処方)グループで比較したところ、『目のかゆみ』『目の異物感』『目の充血』『涙目』『目やに』の各項目に置いて、初期投与グループで有意(統計的に)に抑制されています。

また、QOL(生活の質)も低下が認められませんでした。

つまり、花粉の時期も快適に過ごせるということ。

 

以上が論文の大雑把な要約です。

 

『初期療法』は有効なので、1月下旬(今ですね)から2月初旬頃までには、点眼・内服を開始しましょう。

かゆみスイッチを減らすことで、かゆみを感じにくくする作用(予防)のある点眼・内服を開始しましょう。

また、一日何回の用法を守らず(忘れて?)、かゆくなったらさす人が多いのですが、定期的に点眼することで、かゆい感覚を抑えます。

 

今年は、例年よりは少ないと予想されています。

でも、油断は禁物!

東海地区は、2月中旬が飛散開始予測日です。

2月下旬から3月上旬にピークとなります。

 

院長は、スギ花粉に初めて発症の年(開業してから)、散々な目に遭いました。

あの恐ろしさを二度と味わいたくないと、毎年初期療法を行っています。

ゴルフもしばらくお休みです(だから上手くなれない…と言い訳)。

 

スギ・ヒノキ花粉症の方は、ぜひ、早めにご相談ください。

カテゴリー:眼に関すること

2020.1.21 りんごは品切れ

先日、青森へ行った時のこと。

Aさん(60代後半)のお宅に伺う予定でしたが、数日前の大雪で、車は時間が読めずトンボ帰りになるかも、との連絡。

『ならば、電車とバスで伺います』と名古屋感覚で言ったものの、昼間2時間に1本のダイヤを知り、断念。

結局、新幹線駅で、再会することに。

 

雪深く外へ出るより…と駅ビルでお昼ご飯。

青森名物のせんべい汁やイカ刺し、サバのメニューが並びます。

食後は、別腹?のデザート。

Aさんは『お腹いっぱいだから、コーヒーだけでいいわ』

院長はデザートメニュー(写真なし)に目を通します。

りんごパフェ・いちごパフェ・チョコレートパフェ。

りんごパフェがあるなんて、さすがご当地青森。

『青森に来たらりんごパフェですよね!?』

『そんなメニューあるんだね~』とAさん。

お店の若い店員さんに注文すると…

『りんご、品切れなので、りんごパフェ出来ないんですよ~』

『えっ?青森なのに!?』私(院長)。

私以上にびっくりしたのはAさん。

『りんごなんて、その辺のどこのお店にも売ってるのにね。何なら、うちから持って来ればよかった』

では…と、メニューを見て選んだのはアップルパイ。

『アップルパイは、青森産のりんごですよね?』と念押しすると

『県外産のです、県外の工場で作っていますので』

あれあれ…

『いちごパフェは出来ます?』

『はい、出来ます』

『では、それでお願いします』

 

間もなく、50代の女性店員が、コップに入れたジュースを持ってやって来ました。

『すみません。りんごが切れてまして。りんごジュースをサービスさせていただきます。これは100%青森県産ですので』

『名古屋からのお客さんだから、青森らしさ売り出さなくちゃね~。リンゴ農家はたくさんあるし、アップルパイ作る工場も青森にありますよ~青森、元気にしなくちゃ!』

Aさんが、熱くなるのは、ある地方自治体のフレッシュ議員さんだからです。

鎌倉の海岸で知り合ったときは、退職後嘱託で仕事をしている状況だったのですが…

 

政治とは無縁だったAさんの議員活動や地域にかける思いを熱く聞きました。

りんごや野菜を主産業とする過疎の町をどうするか…

少子化が進み、高齢者だけが残される…

対して、当クリニックの小学校学区だけで、人口は1万を優に超え、高齢化率は緑区で最低レベルの15%ほど。

地下鉄もバスもあり、医療機関も充実しています。

Aさんの地域とのインフラは歴然です。

 

またお店のりんごの話に戻り…

『でも、このお店、ちゃんとほうれんそう(報告・連絡・相談)が出来てましたよね』

『そうね、あの若い店員さんも上司にすぐ報告したし、上司の女の人もお客対応しっかりしたしね』

『あとは、観光客に、より青森らしさをアピールしてほしいですね!』

 

『いちごパフェ、お待たせしました』

出てきたのは…

ホイップクリームにいちごジャム、アイスクリームとコーンフレーク。

生のいちごじゃないの?これが青森流?

ならば、りんごパフェも、生のりんごが品切れじゃなくてりんごジャムが品切れ?

 

青森らしさ満載の究極のりんごパフェ、いつか食べたいです!

カテゴリー:公センセの日常の出来事

2020.1.14 地域医療実習

今年度より、藤田医科大学医学生の地域医療実習の受け入れ機関となりました。

5年生への進級が決まった4年生、もしくは5年生がstudent doctor(学生医師?)として、地域医療機関(病院や開業医)に実習に来ます。

初の受け入れ第1号は、好青年のMくん4年生。

 

院長が医学生だったころとは違い、今は、カリキュラム全てが前倒しになっています。

4年生までに、基礎科目(解剖・生化学・薬理などなど)だけでなく、臨床科目(内科・外科・産婦人科などなど)も終了。

国家試験も前倒しで2月(院長の時代は4月)です。

 

藤田医科大学では4年生から臨床実習です(院長の時代・岐阜大は6年生のみ)。

国家試験のシステムも内容も激変しているようです。

30年なんて一昔どころではない期間、親子ほどの差がある学生を見てそう思います。

 

『〇内科のT教授に教わった?』

『はい、すごく勉強されていますよね』(そりゃそうです)

『大学の同級生なの』

『え~!?そうなんですか!?』

同級生の何人かは、大学教授に就任しています。

T君(教授)もその一人。

学生の立場からは『は、は~』と恐れ多い教授T君と、『は、は~(母)』みたいな実習先の院長(私)。

『月とすっぽん』ではありますが、双方、もうそんな年齢、立場なんだわ~

 

院長の傍で、診療の様子を見てもらいます。

当院は緑内障患者さんが多いので、院長自ら眼圧を測ります。

『教科書のその機械で測るの、初めて見ました!』

『こんな風に見える眼底カメラ(オプトス)、初めて見ました!』

初めてがいっぱい。

M君が持参した眼科の教科書は、今風のイラスト多しの廉価な本と、由緒ある『現代の眼科学』の第13版。

『お~!まだ、あるのね!』

院長室の本棚にある学生時代の『現代の眼科学』は第3版。

ここでも時代を感じます。

 

昼休みの往診も同行してもらいます。

眼科の往診は意外だったようですが、患者さんに会い、状態や病名を知ると納得。

 

開業医は、毎日毎日同じことの繰り返しのようですが、患者さんは一人一人違うので、全く同じということはありません。

尋ね方、診療の仕方、説明方法、薬の処方内容、世間話など、個々に対応できるコミュニケーション能力は大事です。

知識も、技術も、検査機械も、医師を続ける以上留まることなく更新していかなければいけません。

特に、個人の開業医は、自分で課さないと、進化していきません。

医療現場以外の体験も、プラスになることは多いので、好奇心もあった方がいい。

などなど、熱い?思いも、先輩医師として、語った次第です。

『患者さんとの距離が近いことに驚きました』

病院よりは、そうだと思います。

距離が近いことが、開業医の強みであり、地域医療を担う上で重要なことだと意識して、診療をしています。

 

M君との距離も縮まり、息子のように愛着がわいた1週間。

最後は、鏡開きのぜんざい(毎年の院長お手製)を食べて、『実習お疲れさまでした!』

 

どの科を選ぶにしても、モノになるまでは、辛くても諦めないで!

止めないで続けることこそ、医師の道が開け、更に続けることが出来ます。

M君、頑張って!

オバサン医師(院長)からのエールです。

カテゴリー:クリニックに関すること 公センセの想い 眼に関すること

2020.1.7 暮れにも一人で

昨年は一人旅(高尾山)で始まり、一人旅で終了しました。

 

両家の年末年始の挨拶をやめにして、家族旅行を決行したある年。

開業医と子育て・家事に加え大学院の研究と、仕事納めの後も息つく間もないほど課題が。

そして、両家への顔出しをすると、自分の休息のないまま仕事始めです。

それが続いていました。

その時、目にした大晦日発の2泊3日ツアー。

秋田男鹿で本物の『なまはげ』が民家に来る風習を体験(息子たちには強烈な体験でした)。

日本海沿いを北上して、津軽鉄道ストーブ列車に。

その後下北半島の入口へ向かい、十和田湖を縦断して盛岡から帰途へ。

旅行は大当たり!

その時の感動が忘れられず、もう一度、行きたい!泊まりたい!思いが募っていました。

 

良い思い出には違いないけれど、今は家族旅行よりゴルフを優先する我が家の男性陣。

4人一組なら収まりよし(いつもは2&3バッグ)。

年末ゴルフは辞退して、一人旅決行。

 

今回は、青森県に向かいます。

男鹿はまたの機会に。

一旅一か所がモットー。

今回青森にしたのは、他にも訳があって、途中の駅で、知人に再会するためです。

距離があるため、なかなか会えない相手とは、自分から出向くのも自分らしさ?かな、と思う院長は、早速連絡。

往路、復路それぞれ違う駅で降車し、再会の予定も組み込みました。

 

東北新幹線の降車駅で60歳後半のAさんに再会します。

5年前に鎌倉の海岸ですれ違い、挨拶して以来のやり取り。

彼女とは、初再会。

 

それから第3セクターの鉄道に乗り換えます。

キーンとする冷たさは、北国ならでは。

ワンマンカーに揺られながら、街はどんどん淋しくなりますが、帰省時期だけにほぼ満員。

隣の若い女性の取り出した『東京都内→下北』の切符がちらりと見え、胸が熱くなりました。

駅を降りると、迎えの車でホテルへ。

 

15年前と変わらない外観です。

玄関の壁画の前で記念写真。

15年前は、ここで家族5人で撮影。

持ってきた写真には、あどけない(保育園児~小学校低学年)息子たちが。

私(院長)も若い!

 

夕食前にお風呂に入ります。

雪が積もって風情ある露天風呂は変わらず。

でも、前回は、小さい息子たちも一緒に入り、裸で雪遊びをしたり、はしゃいだりで、気が気でなかった…

しみじみと、物思いにふけりながら、ゆっくりと浸かる今。

あの頃には想像できなかったわ~

 

お風呂の後は、夕食。

部屋食なので、浴衣を着て、座っているだけで、お膳が整います。

3~4人前ある船盛にお寿司、御膳、鍋物などなど。

デザートも。

自分のペースで、ゆっくりと完食。

なかなか乙な体験です。

 

そのあとは、読書タイム。

静寂な中(ホテルでもテレビは付けない院長です)、ちょっと良い本を読むには最適です。

 

再び、露天風呂から帰ってくると、布団が敷かれていました。

12畳の和室に、布団一組。

家族ラインで写真を送ったら『寂しいもんやな笑』長男のコメント。

前回は、布団が5組だったので、部屋全面に敷き詰められていました。

家族5人同室で寝た旅行は、最後はいつだった?

寝相の悪さに布団直してばかりだったわ~などと思い出しつつ、眠ってしまいました。

寂しいと感じることもなく…

 

翌朝、もうひと風呂浴びて、朝食を。

前回子供たちが興奮した太くて大きなつららは、今回は残念ながらありませんでした。

外を歩くつもりが、『転倒』が頭をよぎり、玄関先で止めておきました。

15年の月日は、自分を慎重にさせています。

 

帰路は、再び第3セクターで新幹線駅へ。

途中、仙台で降車し、Bちゃんに。

彼女とは、高3以来の文通友達。

約7年ぶり。

 

1年の最後に、『いつか』のうちの一つ『もう一度旅』を達成し、久しぶりの親交を楽しんだ院長。

決行して良かった!

人生100年時代。

折り返しは自明。

今年も、自分のやりたいことを一つでも実現すべく、謙虚に精進したいと思います。

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの想い

2019.12.24 わすれられないおくりもの

今年もあと残り1週間です。

個人的には、日帰り一人旅(時々学会絡みで2日)を何回か実現させた一年でした。

行けないと思っている場所でも、おおよそ交通の便が良くて、一か所に絞れば可能ということが分かりました。

『いいな~』と思うだけでなく、やってみること。

院長にとっては、限られた日(休診日)の中で、やりくりしただけなのですが、なかなかの充実感。

そして、何より、自分にとって『一人の時間』は大切なのだと感じました。

結婚していても、家族があっても、『一人』は大事だし、最期は『一人』だし…

誰かと行動しないから淋しいとは違う、『自分のしたいことを一人でする』単独行動が出来ることは、自信を持っていいのだ!という再確認。

若い頃は、誰かと一緒に行動しないと恥ずかしい…なんて思っていましたが。

 

さて、晩秋に大切な友人の訃報が届きました。

友人と言っても、元々母の友人で、院長が小学校低学年時からの(友人の子としての)知り合いです。

医学生になってからは、個々の、より親密な付き合いになったので、準友人くらい。

東京の在職中も定年で北海道に戻ってからも、その都度、訪ねて行きました。

息子たちも、各々北海道の自宅に遊びに行ったので、彼らにとっても準々友人です。

腫瘍が見つかり、札幌の病院へ日帰りでお見舞いに行ったのが、2年前です。

その後は、だんだん、葉書のやり取りも間が開き、やがて途絶え…亡くなった知らせを受けました。

『日本一優しい看護婦さん』として新聞に掲載、表彰された東京のS病院の助産師さんでした。

一生独身で、キャリアウーマンなのに、チャーミングで、要所要所で、知恵やアドバイスをもらえたことは、『忘れられない贈りもの』です。

残された、葉書の文面と筆跡に、Nさんを偲びます。

 

Nさんの10歳くらい年下のKさんも心に浮かびます。

院長が大学時代、北海道をさすらいの旅(往復の航空券のみ)に出た時、NさんがKさんにお世話になるように言ってくれました。

初対面での小樽駅での待ち合わせ。

銀行員のキャリアを捨て、スナックを開いて間もないKさん。

昼間は、余市のニッカウヰスキーや銭函の海岸などの観光から始まり、小樽の街中を住人のように。

夜は、スナックの片隅で、接客もせずに、人間観察を(お店の手伝いはしなくてもいいと、きつく言われた)。

お店が終了すると、人生観を語り合ったり。

当時40歳過ぎの独身女子が、友人の頼みとはいえ、初対面の20歳そこそこの女子大生を約2週間居候させたなんて、今思えばびっくり。

Kさんとの共同生活から、そしてその後のお付き合いから学んだことも『忘れられない贈りもの』です。

NさんもKさんも、はるばる結婚式にも出席してくれましたが、Kさんはその数年後、癌で亡くなりました。

 

二人とも、独身で、家族は持ちませんでしたが、私の心の中に『忘れられない贈りもの』を残してくれました。

 

自分が、人生の折り返し地点に立った今、そういうことが出来るのか…と問えば、とてもハードルが高い気がします。

でも、自分より若い人たちに『ちょっとした何か』の足しにはなりたい…と思うようになりました。

 

雪が解けたら、Nさん、Kさんの故郷の小樽に参ろうと思います。

 

本棚を整理していて、子供たちによく読んだ『わすれられないおくりもの』絵本を見つけ、再読しました。

しみじみ良い絵本だと思いました。

大人にこそ、お勧めです。

こちらもご覧ください「スカーレットの旅」

こちらもご覧ください「寄り道、まわり道」

こちらもご覧ください「新春プチトリップ」

こちらもご覧ください「やれない?やらない?」

カテゴリー:公センセの家族・恩師・友人など 公センセの想い
  • カテゴリー

  • 最近のエントリー

  • カレンダー

    2020年10月
     1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    262728293031  
  • アーカイブ

  • タグ

先頭に戻る